ある夏の日、あなたに恋をした
 砂浜に座っていると、じりじりと照りつける太陽の光に夏希さんが溶けて消えてしまいそうで、何だか不安な気持になる。それでも夏希さんは海の前から動こうとはしなかった。まるでこの海の景色をその美しい瞳に焼き付けているようだたった。

 そして唐突に「私、次の船の便で帰るね。渚くん、これからもお父さんと仲良くしてあげてね」と悲しそうに笑った。

「そんな。達雄さんも意地になってるだけだよ。もう少ししたらもう一度一緒に達雄さんを説得しに行こうよ」その言葉に夏希さんは首をふった。

「もう時間切れ。帰らなくちゃ。私、明日にはアメリカへ発つの。お母さんの再婚相手の仕事の関係で。アメリカの大学への編入試験も通ったし。多分もう日本には帰って来ないから、最後にお父さんの顔が見たかったの」

 え……。「そんな……」情報が処理しきれない俺を置いて、夏希さんは「じゃあね、渚くん。変なところ見せてごめんね、色々ありがとう」そう言って、キャリーケースをまた転がしてその場から消えようとする。

 行かないでくれ。そう言いたい。だけど、俺はまだ十八の子供で。夏希さんを引き止める術も、ない。

 一目惚れをした。だけど、夏希さんは明日、日本からいなくなる。どうすればいいんだ? どうすれば。

 俺は慌てて達雄さんの店に向って走り、店の奥のソファーで横になっている達雄さんに大声を張りあげた。「夏希さん、アメリカに行っちゃうんだって。もう日本には帰ってこないって」と。

 俺の言葉に、達雄さんはがばっと上半身を起こした。そして、平然を装って「そうか」とだけ言った。

「そうか。じゃないよ。達雄さん、このままでいいのかよ、もう一生会えないかもしれないんだよ? 俺はよくない。全然よくないよ」

 俺の顔はいつの間にか涙でぐちゃぐちゃだ。

 俺の思いが伝わったのか、達雄さんは「あー」と声を出し、車のキーを握って「渚、行くぞ」と起きあがった。
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