ある夏の日、あなたに恋をした
 達雄さんが車を港まで走らせてくれたおかげで、何とか船の出発までに間に合った。船の待合場でちょこんと小さくなっている夏希さんに気づく。俺には夏希さんを見つけるセンサーでもついてしまったかのように、彼女をすぐさま察知できてしまう。

 夏希さんを指差して「達雄さん、あそこ」と声を出す。夏希さんに駆け寄り、何やら会話をする達雄さん。親子水入らずの時間を邪魔することは出来ず、俺はその場に突っ立ったまま、二人を見守った。

 そして船が到着する直前、達雄さんと笑顔で会話をしていた夏希さんが俺の元へと走ってきて、俺に抱き着き「渚くん、ありがとう」と呟いた。

 俺は夏希さんの小さな体を抱きしめ返すことも出来ず、ただ忙しなく動くこの心臓の音が聞こえなければいいな、と願った。



 船から大きく手を振りながら、こちらへと満面の笑みをこぼす夏希さんを見送り、俺はたった一瞬で恋に落ちた夏希さんのことを思い返した。

 綺麗な瞳に惹かれたんだ。

 一目惚れなんて言葉で片付けられない。片付けたくない。その瞳に、強烈に惹かれた。もう二度と会うことはないのかもしれない。

 けど、夏がくるたびに花のような香りをさせたあなたの姿を思い返すよ。夏希さん。



(了)
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