私があなたの隣にいけるまで
少し休憩しよう。
私は一階の昇降口前に並ぶ自販機まで、飲み物を買いに行くことにした。
自販機は三台並んでいて、私はその中から、なにがいいかな、とパッケージを見ながら思案する。
音楽室を出ると、やはりかなり暑かった。夏だもの、当然だ。彼はこんな暑い中、ましてや灼熱の日差しを受けながら走り続けている。大丈夫なのだろうか。
なにか飲み物でも差し入れできれば、と思ったけれど、知りもしない相手からもらうものなんて、きっと嫌よね。
そんなとりとめのないことを考えてしまうことが多くなった自分に反省しつつ、ポケットから小銭入れを取り出した。
カルピスウォーターにしよう。
ピッっとボタンを押し、カルピスウォーターを選択する。小銭をお財布から出そうとして、何故だか百円玉を落としてしまった。ピアノの弾き過ぎで指が疲れているのかしら。
転がってしまった百円玉の行方を、辺りを見回しながら探す。
すると、
「探してるの、これ?」
と、靴箱の方から声を掛けられた。
私は思わず息を呑んだ。
百円玉を差し出しながら話し掛けてくるジャージ姿の彼は、まさしく私がいつも音楽室から眺めている彼だった。
汗を拭いながら自販機の前に来た彼に、「はい」と百円玉を手渡される。
「あ、ありがとう」
私は俯きがちにお礼を言って、慌てて百円玉を自販機に入れる。
ガコンと少し大きな音がして、カルピスウォーターが落ちてきた。私はそれを自販機から取り出した。
その一連の流れを見ていた彼は、「俺もカルピスにしよー」と言って、ボタンを押した。
彼の上靴の色を見ると、私と同じ緑色のラインが入っていた。あ、同じ学年だ、と思った。
「それじゃ」、と言って彼はまたグラウンドに戻っていく。
あ、行ってしまう。名前、聞きたかったのに。クラスも。
遠ざかっていく彼の背中に、気付けば私は声を掛けていた。
「あの!」
驚いたように彼が振り向く。
急に名前を聞くなんて、変に思われるだろうか。どうしよう、なんて言ったら。
「あの!ありがとうございました!拾ってくれて!」
私がそう言うと、彼は嬉しそうにニッと笑って、
「おう!」
と言ってカルピスウォーターを高く掲げた。
それだけのことでもう、私の胸の中は彼でいっぱいになる。
好き、だなぁ。
初めて彼を間近で感じた。声も仕草も、なにもかもいいなぁ、って思った。
私はカルピスウォーターを抱えて、足早に音楽室に戻る。ぐいっと一口、冷たいカルピスウォーターをのどに流し込んで、「よし!」と気合をいれる。そしてまたピアノに向き合った。
ピアノのコンクール、頑張ろう。彼も暑い中、きっと大会に向けて頑張っている。私も負けていられない。彼の隣に並んでいても恥ずかしくないように、私も結果を出したい。
もしこの夏のコンクールで上手く弾けたら。最優秀賞を取れたのなら。
彼に告白してみよう。
好きだって伝えてみよう。
私はまたピアノを弾き続けた。
時々彼の練習風景を見て、元気をもらいながら。
終わり