ソネットフレージュに魅せられて

第38話

窓から廊下へ日差しが差し込む。

東の空ではからすが飛び立っていく。

「ここで話す。」

 凛汰郎は、緊張しながら、
 息を吐いた。

 雪菜は首をかしげて、
 凛汰郎を見つめる。

「俺、前から白狼のこと
 好きだから。
 それだけ伝えたかった。
 …まぁ、欲を言えば、付き合えれば
 良いかなと思ったり…。」

 口を両手でふさいで、息をのんだ。

「嘘だ。前、嫌いじゃないって、
 好きでもないって意味だと思ってて。」

 目から涙が無意識に溢れ出てくる。

 そっと凛汰郎が近づいて、
 人差し指で頬に伝う雪菜の涙をぬぐった。

「白狼の気持ち、聞かせて。」

「私も凛汰郎くんが
 好きです。
 その言葉だけで
 終わりにしたくないけど…。」

 雪菜は、前髪で顔を隠した。
 恥ずかしすぎて、
 顔をあげられなかった。
 
 さっと、凛汰郎は、手をのばした。

「んじゃ、これからもよろしく。」

「う、うん。」

「それは、付き合うってことでいいの?」

「え、あ…。どうしよう。
 恥ずかしすぎて、わからない。」

 両手で顔を覆った。
 気持ちを紛らわせようと
 バックで揺れていた狼のぬいぐるみを
 手でつかんでみた。

「大事に使ってくれてるんだな。」

「え、あ、うん。そう。
 クマのぬいぐるみと一緒。
 これ、実際に一緒にいたら、
 狼に食べられそうだけど…。」

 少し気持ちが和らいだようで笑みがこぼれた。

「そうだな。」

 口角を上げて、えくぼを出した。

「……私、
 もっと凛汰郎くんのこと
 知りたいな。」

「あぁ、俺も白狼のこと
 まだわからないこと多いから。」

「お互い初心者ってことだね。」

 見つめ合って笑い合った。

 そのまま2人は昇降口までゆっくりと
 歩いていた。

 誰もいない放課後は静かだった。

 ラウンジのそばの壁によりかかって、
 まちぶせしていたのは雅俊だった。
 
 弓道部の引退セレモニーが化学室で
 行われることを事前に知っていて、 
 凛汰郎と雪菜が2人きりになることが
 あることも知っていた。

 心中穏やかではなかった雅俊は、
 こちらを気づくことなく、昇降口に
 向かっている2人を
 後ろから気づかれないように
 尾行した。

 何があったかは分からないまま、
 2人はさりげなく手をつないでることを
 見た雅俊は、ぐっと下唇をかんだ。

 曲がり角を抜けるまで、
 何も言葉を発することのない2人。
 空気感なのか。
 雰囲気なんか。
 自然と安らぐ空間を作っているようで
 とてもじゃないが、その間には入れなかった。

 雪菜は、凛汰郎と別れを告げた。
 雅俊と帰る方向が同じになる
 そのタイミングで、あえて雪菜に声をかけずに
 追い越して、通行人のように通り過ぎてみた。

 はっと気が付いた雪菜は、変な空気を発する
 雅俊に声を発することができなかった。
 ごくりとつばを飲み込んだ。

 これはよろしくないと空気を変えて、
 振り向き様に雪菜に声をかける。

「どんな顔してるんだよ?」

 いつもと違う態度をとられて、
 ショックだった雪菜は、
 寂しそうな顔をしていた。

「……。」

「何、泣いてるんだよ?」

「だって、雅俊、違う人みたいだった。」

「ごめんって。
 悪かったって。
 俺がすっごい悪い人に
 なっちゃうから、泣きやめ、な?」
 
 雅俊が突然、泣きじゃくる雪菜の顔を
 ぎゅっとハグした。
 
 いつもと違う態度の雅俊に
 かなりショックを受けたらしい。
 体から発する冷たいオーラ。
 天真爛漫でニコニコする雅俊からは
 考えられない空気感に耐えられなかった。

「ごめん、マジでごめん。
 俺、雪菜がほかの別な人にとられるの
 見たくなくて…。
 変な態度とった。」

「え?」

 顔をあげて、雅俊を見た。

「俺、雪菜が好きだから。
 他と誰かと付き合ってるのとか
 マジありえないし、
 むしろ付き合うなら俺とって
 思ってるし。」

「は? 
 雅俊、彼女いるでしょう。」

 正気に戻ってきた雪菜。
 雅俊の告白をさらりとかわそうとする。
 本人は本気で言ってるつもりだった。

「彼女とは別れた、昨日。」

「いや、昨日別れたから 
 はい次いいですよじゃないよ?」

「え、いいじゃん。
 きちんと清算してるんだから。」

「そういう意味じゃない。
 雅俊は今も昔もずっと幼馴染だよ。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 悪いけど。
 ごめん。」

 立ち去ろうとする雪菜の腕をつかんだ。

「んじゃ、さっきの涙はなんだよ?
 俺に嫌な態度取られて嫌だったじゃないのか?」

「怖かっただけ。
 あと、目にゴミ入ったの。」

「……目にゴミだ?!
 そんなの嘘だろ。
 わけわからねぇな。」

 そう言いながら、腕を引っ張り、
 無理やり口づけした。
 
 突然のことで状況が読み取れない。
 雪菜は、袖でぬぐう。

「な?!」

 顔を耳まで真っ赤にさせる。
 バックで雅俊の体をたたいた。

「最低!!!」

 雪菜は、口を腕でおさえて
 イラ立ちを隠せずに
 その場から足早に立ち去った。

 雅俊は、腕にバックが当たり、
 その拍子で
 バックについていたキーホルダーの
 ぬいぐるみが、側溝に落ちていくのが見えた。

 泥の中に白い狼のぬいぐるみが入って、
 かなり汚れていた。
 
 雅俊は、雪菜の大事なものだろうと
 自分のバックの中に入っていた
 手提げのビニール袋に
 大切に入れて持ち帰った。


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