魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
「そこまでにしてもらおう。ロマーニオ・ルーチェ殿」
騒がしくなった場を凛とした声が切り裂いた。
その声にピタリとその場にいた者達が動きを止める。
「この者達は僕が取り調べる。捕えよ」
ミシェルの言葉に兵が動き出す。
「公爵様! 何故我々まで⁉」
「どういうことですか⁉」
ミシェルと先ほどまで談笑していた男達は自分達を取り囲む兵を見て抗議の声を上げる。
「大丈夫ですよ。何もなければすぐに解放しますので」
「ディブラード公爵、先ほどの給仕の者を捕えました」
燃えるような赤い髪をした男性がミシェルに駆け寄り、給仕した男を突き出した。
「あぁ、ありがとう。それから…………」
ミシェルの前に屈みこみ、エスティラの手に触れる。
「ご令嬢、このグラスは僕が受け取ろう」
エスティラが先ほどミシェルから奪ったワイングラスだ。
ロマーニオに引っ叩かれて、頭をぶつけても庇ったグラスの中身におそらく毒が入っている。
ボトルからも他のグラスに毒が入っていなくてもミシェルのワイングラスに毒が入っていれば毒の存在は証明できる。
「早くその可憐な手を放してくれないかな。グラスが砕け散る」
砕けるか!
と、言ってやりたい気持ちを抑えて、グラスから手を放した。
「アルス、これを。絶対に中身を零さないで」
「承知しました」
あぁ……中身はちゃんと調べてくれる感じね?
エスティラはそのことにほっとする。
しかし、エスティラがこの場において不届きな輩であることには変わりない。
何の根拠もなく高位貴族達の談笑を邪魔して『毒が入っている』と騒ぎ立てたのだから。
しっかし、頭が……眩暈もする。
何だか耳は膜が一枚張ったように音が遠く聞こえる。
もしかして鼓膜破けた?
これ治るのか?
とりあえず、立ち上がらないと。
そう思って身体に力を入れるが足に激痛が走る。
見てみると踵が血だらけだ。
最悪…………。
必死似なっていたから気付かなかったが靴擦れを起こしている。
しかも両方ともだ。
そして足の指も痛い。
きっと足の指は水ぶくれだらけね……。
当分は動くのも辛い生活になりそうだ。
考えるだけで憂鬱だ。
「じゃあ、君も行くよ」
ミシェルの声が頭上から降ってくる。
ちょっとはしたないけど、靴脱いでいいかしら。
しかしそんな訳にもいかない。
仕方ないわね。
諦めて立ち上がろうとした時、ふわっと身体が浮いた。
「へっ⁉」
「その足じゃ歩けないでしょ」
そう言ってミシェルは軽々とエスティラを抱き上げる。
こんな状況なのに『キャア―――』と女性達の黄色い声が聞こえてくる。
「あ、あの! 大丈夫ですから! 降ろして―――」
「良いのかな?」
降ろしてくれと抗議するエスティラの耳元でミシェルは囁く。
「僕が君を降ろしたら、兵士はすぐに君を牢屋に連れて行くと思うけど?」
ミシェルの視線の先にはエスティラから目を逸らさない、異様な雰囲気を醸し出した兵士達がいた。
「このまま大人しく僕に抱えられていた方が良いと思うけど?」
確かに……。
ミシェルの言葉にゴクリっと唾を飲み込む。
もしミシェルに降ろされて離れてしまったら、あの兵士達はエスティラの元へ駆けつけて話も聞いてもらえず牢屋に連れて行かれそうだ。
少なくとも、この人は私の話を聞く気があると思って良さそうだ。
「…………よろしくお願いします、公爵様」
エスティラは素直にミシェルに抱えられ、ホールを後にした。