魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
「それで、君は?」
ミシェルはエスティラに訊ねる。
「聖獣達の要望はそれはそれで叶えるよ。君は何が欲しいの?」
「いえ、私は……」
「僕に同じことを二度言わせないで欲しいんだけど?」
「…………」
怖っ。
いらない、と言おうとしたら凄まれた。
無理矢理にでも何か贈らないと気が済まないらしい。
この人、みんなが噂するほど優しい人じゃない気がするな。
公爵という身分がある以上、世間的な評価やイメージが損なうことはしたくないはず。
先ほど言っていた『命の恩人云々』の話はそこから来ているのだろう。
それであればそのご厚意に甘えても良いかもしれない。
あれ? これってもしかしたらチャンスでは?
「ものでなくても良いですか?」
「…………聞くだけきこうか」
ミシェルの声が少しだけ硬くなるが、笑顔はそのままだ。
「公爵様のお名前で仕事を紹介してもらえませんか?」
そう言うとミシェルは意外そうな顔をする。
エスティラにとってはまたとない好機。
これであの家から出れるかもしれない。
いや、本当は出て行きたくないんだけどね。
だって、あの家は私が産まれた時からずっと住んでいた場所だ。
父母と弟と暮らした家には思い出もたくさんあり、離れがたい。
しかし我が物顔で叔父夫婦とリーナが乗っ取り、シンプルだが品のあった家具は邸と調和が取れない派手なデザインのものに代わり、父母と弟と一緒に描かれた家族絵は外されて叔父夫婦とリーナのものにかけ替えられた。
歴代当主の肖像画は父の隣はウォレストであるはずだった。
しかしそこに飾られているのは当主面をしたロマーニオ。
本来であればあの男の顔が飾られることなどなかったのに。
廊下であの絵を見る度に腹立たしさと悔しさを覚えた。
かと言って、私には何もできない。
このままあの家にいれば無理矢理誰かと結婚させられる。
結婚が死ぬほど嫌だと言う訳ではないが、ロマーニオの決めた相手などろくでもない男に決まっているのだ。
私は一度、あの家から離れた方が良い。
「……仕事?」
「住み込みで、お給料がもらえて、待遇は良いに越したことはありません。あと売春や薬物、人身売買、などの法に触れない仕事でお願いしたいです」
大きく瞬きをするミシェルにエスティラは要望を伝える。
自立したい!
働いて、お給料をもらって、自分で生計を立てる手段が欲しい!
「仕事ねぇ……君の要望を受け入れるとなるとかなり限られてくるんだけど、君は何ができるの?」
話し方は優しい印象だが、声音は冷たい。
子爵家の令嬢ごときが、仕事を舐めるなよ、と言われている気がする。
この人やっぱり、見た目ほど優しくないわね。
「炊事はしたことがないですが、他の家事は一通り。植物や動物の世話も人よりは得意です。あとはアカデミーに入学できるぐらいの学力はあります」
ミシェルはエスティラの目を真っすぐ見つめながら、しなやかな指を顎にかけ、思考する。
どのポーズでも絵になるわね……いや、見惚れてる場合じゃないのよ。
自分の人生が掛かってるんだから。
「分かった。良いよ。紹介してあげる」
「本当ですか⁉」
エスティラは興奮して立ち上がる。
嬉し過ぎて胸がどきどきしてしまう自分がいる。
やっとこれであの叔父夫婦とリーナから離れられる。
そう思うと嬉しくて、グッと拳を突き上げていた。
そしてミシェルと騎士達の視線に気付き、拳を降ろす。
「……すみません、はしゃぎ過ぎました」
コホンと咳払いをして、エスティラは座り直した。
「今日は遅いし、家まで送らせるから。改めて連絡するよ」
「ありがとうございます!」
エスティラは深々と頭を下げる。
『なんだ、もう帰るのか?』
寂しそうな声でエスティラの頭に乗っかるのはロンバートだ。
「また会えるわよ。それか、遊びに来て。うちは何もないけどね」
『また近いうちに会えるさ』
『あぁ。どうせすぐに会える』
そう言ってロンバートを宥めるようにルイーゼウとクルードルが言う。
「みんな、今日はありがとう。久しぶりに楽しい夜だったわ」
正直、毒物騒ぎは全然楽しくなかった。
けれども彼らに出会えたことは素直に嬉しい。
エスティラはミシェルの部下に送られて邸に戻った。