魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉


「どうぞ、お掛けになって下さい」
 客間に案内され、ミシェルは椅子に座るよう促される。
 どうにも部屋の雰囲気が落ち着かないのは部屋と家具のデザインが合っていないからかもしれない。
 部屋にはロマーニオとその妻、その娘のリーナしかいない。
 エスティラがいないのだ。
 遅れては部屋に入ってくる気配もない。
 出されたティーセットも移動式のワゴンにもこの場にいる四人分しかない。
 リーナの何かを期待するようなねっとりとした視線が鬱陶しく、ミシェルは本題に入る。
「この度はエスティラ嬢に命を救われた。とても感謝している。彼女にお礼を言いたいのだけど、彼女はどこに?」
「それに関してこちらも謝罪をしなければなりません」
「謝罪?」
 ロマーニオの言葉を疑問に思い、ミシェルは聞き返す。
「ディブラード公爵様の危機をいち早く察知したのはエスティラではなく娘のリーナなのです」
 聞き間違いかな?
 ロマーニオに肩を抱かれたリーナは照れたようにミシェルを見つめた。
 ゾワっと二の腕に鳥肌が立つ。
 それを悟られないようミシェルは平生を装って問う。
「僕の恩人はエスティラ嬢ではなく君だと?」
「怪しげな者達の会話を聞いてしまい、すぐにミシェル様に知らせなければと父を探しました。父を見つけてそのことを話しているとエスティラが勝手に飛び出してあの騒ぎに……」
 俯き、怖がるフリをしてリーナは言う。
「エスティラは我が儘で見立ちたがりな性格なので、自分がミシェル様を助けて恩を売ろうとしたのだと思います」
 本当は私が助けたかった、とでも言いたそうな顔でリーナが言う。
 自分のことは棚に上げてよくいうね。
 ミシェルは呆れて溜息をつく。
「それならあの場で君が見聞きしたことを証言してくれば良かったんじゃない? そうすればエスティラ嬢が容疑者になることも、君の父に頬を叩かれることもなかったのに」
 冷たい視線をリーナに送る。
「そ……それは……」
「それは私も動揺しておりまして……突然のことでしたし、エスティラはあのように騒ぎを起こすのは初めてではないのです」
 上手く答えられないリーナの代わりにロマーニオが答えた。
 ここで自分が矛盾した発言をしていることに気付かないとは。
「リーナ嬢があなたに怪しい輩が僕を貶めようとしていると報告をした。それを聞いたエスティラ嬢が僕を助けるために飛び出して騒ぎになった……エスティラ嬢が騒ぎを起こした原因じゃない。それを知っているはずなのに、彼女を叩いた理由は何?」
 ミシェルはロマーニオを睨みつける。
「それは…………」
 口ごもるロマーニオを無視してミシェルはリーナに視線を向ける。
「君は不審者の会話を聞いたと言ったけど、それはいつ?」
「国王のご挨拶が終わった後です」
「場所は?」
「どこかの休憩室の前です。慌てていたのでどのお部屋かまでは思い出せませんが」
 そこは口裏を合わせているらしい。
 だけど、それは有り得ない。
「僕はずっと会場にいた。君はずっと僕の視界に入る場所にいたはずだけど?ずっと会場にいた君がどうやって不審者の会話を聞くことができたのか教えて欲しい」
 その言葉にリーナはギクッとする。
 彼女の表情からは焦りが見て取れた。
「ここ最近、僕の所にしつこいくらいに手紙を寄越す女性がいる」
 初めて手紙を受け取った時、やんわりと断りの返事を書いた。
 しかし、それが伝わらなかったのかその女性からの迷惑な愛を乞う手紙は途切れず毎月必ず届く。
 その迷惑な女性は夜会では必ず僕の視界に入る場所にいる。存在をアピールするかのようにじっとこっちを見つめて。
 誰とは言わず、ミシェルは語る。
「何かの間違いでしょう」
「気のせいではないでしょうか。そうでしょう、リーナ」
 ロマーニオと妻がリーナの顔を覗き込みながら言う。
 青い顔でガタガタと震えながらリーナは口を噤む。
 ロマーニオも戸惑っているようだ。
 当然か。まさか娘がストーカーまがいの行為を公爵である僕にしていたのだから。
「違います! 手紙は……きっとエスティラが私の名前を勝手に使ったのだわ!」
「そうよ、あの子の仕業だわ! この子がそんなストーカーのような真似をするわけないもの!」
「手紙の差出人が誰であれ、昨日の夜会で君が僕の近くにいた事実には変わりない」
 自分の迷惑な行いをエスティラに被せようとするリーナ達にミシェルは冷たく言い放つ。
「なんにせよ、僕が感謝しているのはエスティラ嬢だ。彼女はどこに?」
 ミシェルの言葉にロマーニオはニヤリと笑う。
「申し訳ありませんが、あいつは外出しております」
 何としてもこの男はエスティラと僕が会うことを阻止したいらしい。
 素直にエスティラに会わせていれば損はしなかっただろうに。
 今後のこの男の処遇については考えておかなければならない。
「なら、帰るまで待たせてもらうよ」
 ミシェルは長い脚を組みなおして、腕を組む。
「いつ帰ってくるか……最近は無断外泊も多いので今日は帰らないでしょう。それよりも、誤解が生じているようです」
「そうですわ! 誤解を解くためにもお互いを良く知る必要があると思いますの」
「誤解も何もない」
 エスティラが尊厳と体面を捨ててミシェルを助けた事実を自分達は何もせずに得ようとしているのだから面の皮が厚い奴らだ。
 こんな身内の元で過ごさなければならない彼女に同情する。
「確かに、君のことは良く知る必要があるね」
 ミシェルの言葉にリーナはぱぁっと表情を明るくする。
「よく知った上で医師を紹介しよう。自分の行動を全く覚えていない上に妄想が激しいようだから」
「み……ミシェル様……? そんな……」
 何を期待していたらしいリーナは言葉を失う。
「何ですと⁉ いくら公爵様でも娘を侮辱することは―――」
「そちらこそ、公爵であるこの僕に虚偽の発言をしたということはそれなりの覚悟があるんだろうね?」
 ロマーニオが言い終えぬうちにミシェルは強い口調で言い放つ。
 王弟であり、王の家臣として降下した若き公爵。
 近衛騎士団団長を務める威厳と王や家臣からの厚い信用、広く人口の多い領地をまとめ上げる領主としての手腕と才覚、甘い顔とは裏腹に王族らしい容赦のない残虐性、全てが今目の前にある。
 自分よりもはるかに大きな存在を目の前に、ロマーニオは気圧され、青ざめた。
 ミシェルは青ざめるロマーニオ達を一瞥して立ち上がる。
 待っていてもエスティラは出てこない。
 それであれば探すしかない。
 そして馬車を降りてすぐにどこかへ飛んで行った小さな竜も。
「悪いが、勝手に探させてもらう」
「いくらディブラード公爵様と言えど困ります!」
「彼女には借りたものを返さなきゃならない」
 ミシェルは引き止める声を背に歩き出した。





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