魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
「いないわ……」
 ルーチェ子爵家使用人、サラは無人の部屋を見渡し、手元に視線を落とす。
 手元にあるのはパンと果物をナプキンで隠した皿である。
 日当たりが悪いこの部屋はエスティラの部屋だ。
 サラは沢山いるリーナ付きのメイドの一人で昨日、ロマーニオの命令で他のメイド達とエスティラの身支度を手伝った。
 リーナや他のメイドはエスティラのことを『魔女』と呼び、学も品もなく、男が好きで色目を使うろくでもない女だと聞かされていた。
 子爵家の直系であることを盾にリーナを虐め、養い親の叔父にも傲慢な態度を取り、我が儘放題で家の中で孤立したのだと聞いていた。
 しかし、どうにも聞いていた話と印象が違う。
 学があるかは分からないけど…………。
『あなた、上手ね』
 そう言ってエスティラは髪をセットするサラを優しく褒めた。
 それと同時にリーナのことも頭を過った。
下手だの、遅いだの、怒られるのはしょっちゅうで、これが良いと言ったのにやっぱり嫌だと変更することも多く、頑張って応えても労いの言葉をもらった記憶はない。
『ありがとう、とても綺麗だわ』
 そう言って微笑むエスティラの顔がサラの脳裏をよぎる。
何だか逆じゃない?
 可憐なリーナを虐めて、傲慢で我が儘が過ぎて孤立したと聞いていたからどんなに嫌な女かと思ったのに、抱いた印象は全く逆だ。
 そう思うとなんだかエスティラ気になってしまう。
今日は公爵様が帰るまで部屋に閉じ込められてしまうことを聞き、少しではあるが腹の足しになればと思い、パンと果物を持ってきた。
起きてからすぐにロマーニオに呼ばれたエスティラは朝食も取っていないし、閉じ込められていれば昼も食べれるか分からない。
 そう思って調理場からくすねてきたのに、部屋にはエスティラの姿がない。
「閉じ込めるなら自室だと思ったのに…………」
 可能性があるとすればどこだろう? 
 心当たりはいくつかあるが全ての部屋をこの食料を持って回るのは不審に思われてしまう。
 どうしよう……。
 食料は諦めた方が良いのかもしれない。
 自分だって立場のある人間じゃない。
 ロマーニオやリーナ、他のメイドに知られたら大目玉をくらうに違いない。
 食料はこの部屋の隅に置いておけば解放された時に食べられる。
 必要以上に関わらない方が良いわ。
 自分を守るためにも。
 そう思うのに昨日のエスティラを思い出すと自分が酷く罪深いことをしているのではないかと感じてしまう。
「ねぇ、君。ちょっといい?」
 突然声を掛けられてサラは飛び上がるように振り向いた。
 そこには長身で今まで見たことのないくらい素敵な男性が立っていた。
 ウォレストも美形だが彼は少年のようなあどけなさがある。
 しかし、目の前に立つ麗しい男性は男としての色気も滲む。
 作り物のような端正な顔立ち、美しい金色の髪、青い瞳、漂う色香、全てがこの世のものとは思えない。
「エスティラ・ルーチェはどこにいる?」
 この世のものとは思えない男がサラに話しかける。
 冷たい声音にサラははっと我に返った。
「そ、それが……私も分からなくて……ここにいらっしゃると聞いていたのですが……」
 サラは男を直視できず、俯いて答える。
 男の視線が自分に注がれているのを感じ、サラは緊張した。
 この人、もしかしたらエスティラお嬢様に会いに来た公爵様なんじゃ⁉
 そう思うと失礼なことは決してしてはならないと、身体が震えた。
 あれ、これはもしかしてチャンスなのでは?
「し、失礼ですが……エスティラお嬢様をお探しなのですよね……?」
 恐る恐る訊ねると男性は首を縦に振る。
「他に心当たりのある場所はない?」
「…………北側に離れがございます。そこは一度この建物から出なければならず、外側から鍵もかかり、防犯のために一階の窓を全て塞いであるのです」
 サラは正直に答えた。
 この方が公爵様なのであれば、それを言い訳にできる。
 お嬢様の居場所を聞かれて逆らえなかったと言えばいい。
 すると男はサラに歩み寄り、パンと果物の乗った皿に被せていたナプキンを持ち上げた。
 ナプキンで隠れていたパンと果物が顔を出し、男はそれをまじまじと見つめて再びナプキンを被せた。
「君は彼女のメイド?」
「い、いいえ……」
 嘘はない。
 心当たりがある場所も、北の離れで、エスティラのメイドかと問われれば否。
 嘘はない。
「そう。ありがとう」
 そう言って男性は金貨を一枚握らせて、歩き出す。
「どうか、お嬢様をよろしくお願いします」
 聞こえていたかは分からない。
 だけどサラはそう言わずにいられなかった。
 たかが一度だけ身支度を手伝っただけだ。
 手伝い始めるまではエスティラを舐め切って、まともに手伝うつもりもなかったのだ。
『あなた、上手ね』
 たった一度、褒められただけ。たったの一度、それだけなのに。
自分はもう、あの人の無事を願わずにはいられないのだ。



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