魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
「とにかく、どうにかしてここから出ないと」
 何とか重たい窓を開けると、新鮮な空気が吹き込み、髪の毛を攫う。
 大声を出した所でこの邸にエスティラの味方になる人間はいない。
 となると木に足でもかけてどこかの小説や絵本のように降りるしか……。
 しかし所詮は物語の中。
 そんなに上手くいくはずない。
 見下ろせばそこは地面ではなく石畳だし、一番近い木でも二メートルは離れているし、枝ぶりが心許ない。
 日当たりが悪くて生育が悪いのだ。窓から飛び降り、二メートル以上離れた木に届いたとしても掴んだ枝が折れて落下する未来が鮮明に見える。 
 あまりにも無謀だ。却下だ。
 辺りを見渡すと離れた所に馬車が見えた。
 うちの馬車じゃないわね。
 黒塗りで金の装飾が離れているエスティラにも見える。
 豪華で煌びやかな馬車は間違いなく、公爵家のものだろう。
 そして馬車の側に人影が見える。
 護衛の騎士かしら?
 流石、公爵家。護衛の騎士も身なりが良い。
 あの人なら気付いてくれるかも。
「すみませーん! こっち気付いてー!」
 エスティラは声を出して大きく手を振るがこちらに気付く気配はない。
 どうしたものかと腕を組んで思考する。
 ふと目の前の鎧の兵士と目が合った。
「あんたも気の毒ね。あんな男に捕まるなんて」
 エスティラは硬質な身体の兵士に触れる。
 そしてピンときた。
「すまん!」
 エスティラは兵士の兜を外して窓の外から落とした。
 ガシャーンっと金属音が響き渡る。
 下は地面じゃなくて石畳だ。落下した金属音は地面よりもずっと響く。
 エスティラは右腕、左腕、胴を次々と外して片っ端から窓の外へと投げ捨てる。
 もう一人いるのよね。。
 エスティラはもう一体の鎧兵に近寄り「すまん」と断りを入れた後に同じように兜から順に窓の外へ投げ捨てた。
 ガシャーン、ガシャーンと金属が弾けるような音が何度も響き、公爵家の馬車の側に立つ騎士がエスティラに気付いた。
 そして邸の使用人達も何事かと気付き、数人が離れの方にやって駆けてくる。
「エスティラ! 貴様! 何をしている⁉ おい、早く辞めさせろ!」
 騒ぎを聞きつけたロマーニオがエスティラを下から見上げて怒鳴りつけ、使用人に指示を出す。
「それが、内側にあるものが引っ掛かっているようで扉が開きません」
「早くしろ! のろまが‼」
 エスティラは使用人を怒鳴りつけて慌てるロマーニオを見下ろしながら、二体の鎧兵を解放した。
 あんな奴に捕まったままなら私に投げられた方がマシよ。たぶん。
 二体が身体を張ってくれたのだから、エスティラは絶対にここから出ないといけないという使命感に駆られる。
 次はどうしようかしら。
「おい! 貴様、これ以上は止めろ! お願いだから止めてくれ!」
 涙ぐむロマーニオにエスティラは冷ややかな視線を送る。
 ケースの中のガラス細工でも投げ落とそうかしら。
 一番高そうなやつってどれかしらね。
 窓の外と室内を交互に見やる。
 どれが一番、ロマーニオにとって都合が悪い品か考えていると視界に金色の髪を揺らしてこちらに走ってくる人物が飛び込んで来る。
 金色の長い髪は後ろで流れるように揺れ、美しい青色の瞳がエスティラに向けられている。
「公爵様!」
 エスティラは二階の窓から身を乗り出し、こちらに向かってくるミシェルに声を上げ、腕を伸ばして大きく振った。
 ずるっと何かを掴み損ねたような嫌な感覚がした。
「きゃあっ」
 そのまま身体が外に大きく傾き、自分の脚が窓から落ちるのが見えた。
 え? 落ちてる? 私、死ぬの⁉
 次第に窓から遠ざかり、重力に引き寄せられて落下しているのが分かった。
 いやぁぁぁぁぁ!
 ぎゅっと目を瞑り、心の中で絶叫する。
 石畳に打ち付けられて死ぬ! さっきの鎧兵士みたいに、いや、あれよりも酷い。きっとぐしゃって、ぐしゃってなる!
 エスティラは死を覚悟した。
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