魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
「うわっ…………」
エスティラは言葉を失う。
王都の一等地に構える広大な敷地面積を誇る公爵邸は重厚感と長い歴史を感じる建築様式で敷地内には大きな池と立派な庭園、抱える騎士団の訓練場や寄宿舎などがあり、一から百まで大きさから質から全てにおいて自分の家とは違い過ぎて驚かされた。
身分の大きく分厚い壁を感じるわね。
「帰りなさいませ、旦那様」
そう言って恭しく礼を取るのは年配の執事だ。
それなりの年齢だと思うけど、立ち姿も面立ちも凛々しいわね。
「ネルソン、彼女はエスティラ・ルーチェ子爵令嬢だ。面倒を見ることにしたから部屋へ案内を。それから医師を呼んで」
「初めまして。エスティラ・ルーチェと申します。よろしくお願いします」
「お話は聞き及んでおります。執事長のネルソン・ミラーと申します。彼女はメイド長のカロンとお嬢様のお世話をさせて頂くメイドのユリアです。いつでもお申し付けください」
カロンとユリアにも挨拶を済ませて部屋へ案内をしてもらう。
「まだ準備が整いきらず、散らかっていて申し訳ありません。お食事が済むまでには整えておきますのでご安心下さい」
そう言って通された部屋を見渡して目を剥いた。
広く、豪華な部屋はあちこちに大きな箱が積まれていて、まさに準備中です、の段階だった。
「本来であればお部屋の準備が整うまで別のお部屋を使って頂くのですが、お支度に必要な物が全てこの部屋にございますので、こちらで行わせて頂きます」
「ではお嬢様、まずは着替えましょう」
「え」
今着ているのはかなり古いが手持ちの中では一番マシなドレスだ。
着替えたい、と思いながらも私はこれ以上綺麗なドレスを持っていないし、身一つでここに来たので何も持ってきていない。
着替えって仕事で使うお仕着せのことかしら?
それであれば手伝いはいらない。自分でできる。
「どれもお似合いになりそうですが、お好みはありますか?」
そう言ってカロンはクローゼットを開く。
大きな両開きのクローゼットには沢山のドレスが収まっていた。
「これも良いですね、あ、これも」
「こちらは如何ですか? いいえ、こちらも良いですわね」
ドレスを片っ端から引っ張り出し、エスティラを鏡の前に立たせる。
それからは決まったドレスを着せてもらい、髪と肌を整えてもらった。
「あの、このドレスは……」
誰のだ?
公爵様は未婚で姉妹もおらず、本当はどうか知らないが恋人もいないと聞く。
それなのに何でこんなに大量のドレスがあるの?
「こちらはお嬢様をお迎えするために旦那様がご用意されたものです」
「急でしたので既製品のみではありますが……」
申し訳なく言うカロンにエスティラは内心で悲鳴を上げた。
何故? どうして⁉ 私、公爵様から仕事を紹介してもらうだけだよね⁉
混乱しているエスティラにカロンとユリアが手早くドレスを着せ、化粧をして、髪を結ってくれる。
瞬く間に身支度が整うと医師の診察を受けた。
手首の痣はじきに治るので心配ないとのことで消毒をしてドレスの袖で上手く隠した。
こんなことまでしてくれるなんて……一体、どんな仕事をさせられるの?
薬物や人身売買、売春、その他の法に触れるような仕事は嫌だと伝えてある。
ヤバい仕事だったらどうしよう……。
馬車の中で話をしなかったのもそのせい? あの場で仕事内容を話せば逃げる可能性があったから⁉
「お嬢様、こちらへどうぞ。旦那様がお待ちです」
そう言ってカロンとユリアに付き添われて不安を抱えたままエスティラは歩き出す。
どうか普通の仕事でありますように!
エスティラは心の中で祈った。
「旦那様、お嬢様をお連れしました」
「入って」
扉を開けてもらい、エスティラは室内に足を踏み入れる。
ミシェルは書類を片手にネルソンと何かを話していたようだ。
「お待たせして申し訳ありません」
エスティラは頭を下げた。
視線はミシェルと交わっているのに、ミシェルは無言のまま固まって動かない。
「公爵様?」
やっぱり変なのかしら。
ライムグリーンのドレスは形もシンプルで露出も少なく、品があるし、明るく見える。
貧相な身体が目立たない無難なものを選んだ。
やはり自分には高級品は似合わないのかもしれない。
自分でも思う、落ち着かないもん。
こんな綺麗なドレスも世話をされるのもかれこれ何年ぶりだろうか。
一人でいる時間が長くてお世話をされる感覚がなくなってしまった。
気に入らないなら別のものに着替えた方が良いかしら。
そんな風に考えた矢先だ。
「君は暖色系よりも寒色系の方が似合いそうだね」
「そうでしょうか?」
ライムグリーンだから寒色系よね?
じゃあ変ではないってことよね?
エスティラがそんなことを考えている時、ネルソンを始めとする使用人は腑に落ちない複雑な表情をしていた。
「先に食堂へ行っててくれる? 用事を先に済ませていくから」
そう言って書類をネルソンに渡して部屋を出て行った。
「言葉に言い表せないくらいお美しいのでしょう。大変よく似合っております」
そんなタイプではない気がするのだけど。
「ありがとうございます」
ミシェルの代わりくれたネルソンの賛辞は素直に受け取ることにした。