魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
腹立たしいにも程がある。
エスティラの手柄を家族ぐるみで横取りしようとしただけでなく、僕に言い寄ろうとしたこと、それにエスティラを離れに閉じ込めたことも全てが腹立たしい。
ようやく見つけたと思ったら二階の窓から落ちた瞬間は焦った。
徐々に地面に向かって傾いていく彼女を見たら駆け出さずにはいられなかった。
彼女を探していたのはロンも同じだったようで、すぐさま彼女の元に向かって身体を大きくしたロンを見て驚いたのは勿論、あの時ほど呼吸が合ったことはないように思う。
間一髪のところで彼女を受け止めることができたが、ロンがいなければどうなっていたか分からない。
エスティラの身体を受け止めて安堵したのも束の間だった。
どう見ても綺麗とは言えない服、頬についた縛り痕、手首はもがいた証拠に擦れて赤くなっていて、普段の生活から閉じ込められている間の状況まですぐに察することができた。
彼女をここに残しておくことはできない。
ほとんど衝動的にエスティラを連れてきてしまったのだ。
迎える準備は整っておらず、部屋も片付いていない状態だ。
自分らしくないと思う。
『公爵様?』
小さく首を傾げてこちらの様子を窺うエスティラが脳裏に蘇る。
色白で小さい顔、黒く艶やかな髪、緑色の瞳は宝石のようで見つめられれば息が止まりそうなほど美しい。
あれがどうして魔女などと呼ばれるのか分からない。
淡いライムグリーンのドレスの裾が揺れる様はまるで聖女が舞い降りたのかと錯覚するほどだ。
「身体はどうにも貧相だけど……」
昨日、抱き上げた時も随分軽いと思ったがその時はあまり気にしていなかった。
今日まじまじと見れば妙齢の女性達よりもずっと華奢で身体が薄い。
ルーチェ家は金回りが良いと聞いていたが、リーナとの待遇の差は明らかだ。
エスティラを探していた時に彼女の部屋の前にいたメイドを思い出した。
きっと閉じ込められて食事ができないエスティラへの差し入れだったのだろうが、持っていた皿の上には小さなパンと果物だけで、大人の一食分だとしたら少なすぎる。
普段からあの量であればあの貧相な身体にも説明がつく。
ミシェルは机の引き出しから開封済みの手紙を取り出す。
そして昨晩の聖獣達の彼女への態度、エスティラを自発的の助けに行ったロンのことを思い出す。
「間違いないな」
どうやらこの手紙の内容は本当のようだ。
「さて……彼女をどう使うか…………」
悪役の如き台詞と共に口元に手を当てて考えていると目の前に黒い塊が現れる。
『グルルルル』
小さく唸り、ミシェルを睨んでいるように思えた。
「君ね、主は僕なんだよ? 彼女に懐き過ぎじゃない?」
そう言うと不満そうに短い尻尾を振り回す。
「大丈夫、彼女を悪いようにするつもりはないよ」
ミシェルの言葉に安心したのかいつものように首へと巻き付いてくる。
聖獣は気難しく、人間を襲うことはないが懐くこともない。懐くのは契約者となる人間だけ。
特にロンは他の聖獣と比較しても我が強くて警戒心が強い。
僕以外に懐くことはないと思っていたのに。
しかし昨晩も、今日も、ロンはエスティラの側にいて、膝の上で丸くなったり、首に巻き付いたりとミシェル以外にはしない仕草を見せる。
懐いている証拠だ。
エスティラはロンだけでなく、他の聖獣達も手懐けているようだった。
「興味深いね」
ミシェルは口元に笑みを浮かべて手紙をロンの顔前に差し出す。
「燃やしてくれる?」
そう言うとロンは口から火を吐き出す。
すると一瞬で手紙は燃えてなくなり、炭すらも残らず消えてしまう。
「さて、あまり女性を待たせてはいけないから」
ロンはエスティラに会えるのことを喜ぶように首から離れ、早くドアを開けろと催促する。
扉を開けるとミシェルの前を飛び、食堂へ向かって行く。
はしゃぐロンの姿を見てミシェルはクスリと笑みを零した。