魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
「ちょっと待って下さい。聖女ってなんですか? 何故聖女に?」
 聖女って、あの聖女よね?
 社交界では現在、誰が近代の聖女になるかで盛り上がっている真っ最中だ。
 混乱したエスティラを放って話を続けようとするミシェルにエスティラは待ったをかける。
「僕の指示に従う約束だよね?」
「理由を聞いてはいけないという制約はなかったはずです。聖女が必要な理由と私を聖女にする理由を教えて下さい」
 エスティラはミシェルを見てはっきりと言う。
 ミシェルは表情を変えることなく口を開いた。
「王家と神殿の関係性については知っているかな?」
「世間的には対等であると見せかけて実は王家が優位な立場にあり、神殿はそれを快く思っていないって話であれば」
「その通り。王家としては長い歴史を顧みれば、神殿の独立には反対なんだよね」
 それは歴史の中で大きな権威を持った神殿が王家を取り込もうとしたり、謀反を働いた過去があるからだ。
「前任の大神官は善良な人で王家からの信頼も厚く、利権を預けても良いと思える人だった。実際に預けていたしね。だけど今の大神官は王家としては信用の置けない相手だ。信託を利用して有益な貴族の娘を聖女に立てて、力を得ようとしていることは目に見えている」
「ですが最終的に聖女を選ぶのは陛下ですよね? 神殿と癒着してない家門を選べば良いのでは?」
 確か、聖女の最終決定は国王の承諾が必要だったはず。
 神殿がどこの家門の令嬢を連れてこようとも、国王が頷かなければ聖女にはなれない。
「否認するにもそれなりの理由が必要だ。正当な理由なくしてはできない。こちらでも対抗馬を用意したんだけど、どうにも僕ら馬が合わなかったようでね」
 ミシェルは残念そうに肩を下げる。
「もしかしてその対抗馬とはオルターナー侯爵ですか?」
 思い付きでエスティラは口に出す。
 ミシェルは一瞬驚いたように目を丸くするがにっこりと微笑むだけだ。
 その微笑みにうすら寒いものを感じ、背筋がヒヤッとする。
 令嬢達の噂話と事故にあった侯爵と目の前の男の薄ら笑い。
 導き出される答えは一つだ。
「聖女が必要な理由は分かりましたが、何故、私なのですか? 自分で言うのもなんですが『魔女』などと不名誉な通り名がある私よりも、もっと良さそうな人材はいるのではないですか?」
 自分で言って虚しくなるが、『魔女』だ。
 怪しい薬も魔法も使えないが雰囲気で魔女という通り名が付き、評判も悪い自分よりも適任などいくらでもいるだろう。
「聖女になるにはいくつか条件がある」
「条件……貴族から推薦を受けること、金を積むこと……ですか?」
 確かこの二つは必要だったはず。
 だからロマーニオも多額の寄付を神殿にしているはずだ。
「そう。一つ目は神殿への多額の寄付金だ。もちろん、こちらで用意する。二つ目は貴族の推薦を受けること。貴族の娘であれば問題ない。三つ目は何かの功績があること。本人の功績であることが望ましいが、家門の功績でも構わない」
 ミシェルは条件の説明をする。
 そこで引っ掛かりを覚えた。
「リーナもルーチェ家もここ数年で何か国に貢献するような、功績といえるようなものはなかったと思いますけど」
「ルーチェ家は神殿以外にも慈善活動を行う団体に寄付をしている。リーナ嬢は頻繁に孤児院の子供達の食事の世話や貧民街での炊き出しに参加している」
「…………そう言えば、『どうして私が汚らしい場所に行かなきゃなんないのよ』って文句を言っていたような…………」
 最近のリーナの言動を思い出し、もしやあの文句はそのせいかと考える。
「民に貢献するのは貴族の義務だ。その発言は頂けないね」
 冷たい声音でミシェルは言う。
「功績と言いますが、私はリーナ以上に何もありませんよ」
 問題はそれだ。
 リーナには中身はどうあれ、慈善活動に参加していた事実があるが、エスティラは何もない。
「それをこれから作るんだよ。聖女の選定が行われる三か月後までにね」
 自信に満ちた声でミシェルは述べる。
「そんなこと…………」
 できるわけなくない?
 有無を言わさないミシェルの笑顔に言葉は出てこないが、内心ではそんなの無理と叫び出したいぐらいだ。
「具体的には何をすれば?」
「君には僕と一緒に聖獣の密漁者を捕えるために協力してもらう」
「聖獣…………密猟⁉」
 聖獣って密猟されてるの⁉
 エスティラは驚いて目を丸くする。
 この国で聖獣とは神と等しい存在で尊いものとされている。
 人間が聖獣を傷付けることは重罪で密猟なんてもっての外だ。
 許されることじゃないわ。
 そういう話なら私も少しは役に立てるかもしれない。
「君には分かるんでしょ?」
「何がです?」
 おもむろにミシェルは席を立ち、エスティラに歩み寄る。
 エスティラが座っている椅子の背もたれに手を着き、顔を近づけてきた。
「こ、公爵様、近いです」
 エスティラが戸惑っているとミシェルはエスティラの耳元でクスリと笑う。
 息がかかるって! 近い! 近い!
 あまりにも近い距離にエスティラはどきどきしてしまう。
 身体中の熱が顔に集まり、エスティラの顔は真っ赤に染まる。
「聖獣達の言葉」
 その発言にエスティラは一気に体温を失ったような感覚を覚えた。
 顔に集まった熱は分散し、冷静さを取り戻す。
「君は理解できるんだろう? エスティラ・ルーチェ」
 ミシェルの細められた目の奥にエスティラは薄ら寒い何かを感じた。

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