魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
国王の挨拶が終わり、グラスを掲げて乾杯すると本格的に宴が始まった。
「あんたは行かなくて良いの?」
「仕方がないでしょう。あんたが家門の恥にならないように見張る必要がある。頼むから大人しくしててください」
 会場に着いてからずっと側からウォレストが離れないのだ。
「あんた、本当に可愛くなくなったわね」
 心底迷惑そうに言う弟にエスティラは腹立たしさを覚える。
「これからどうするつもり? あんたがどれだけ良い子を演じてもあの男はあんたに家の権利は渡さないわよ」
 ウォレストは先日十八歳なり、この春から王宮へ文官就職が決まっている。
 十八歳になった時点で成人とみなされ、成人になった時点でロマーニオが握っていた家門の実権も本来ならウォレストに戻る。
「強欲なあの男があんたに権利を返すはずない。あんたが力をつけるようなら殺すでしょうね。せいぜい、従順なフリをして自分の身を守りなさい」
 エスティラがそう言うとウォレストは無言で眉を顰める。
「どこに行くんです?」
 背中を向けて歩き出したエスティラの腕を掴んだウォレストは言う。
「お腹空いたの。食べれる時に食べておかないといつ食事ができるか分からないからね」
 その言葉に驚いたように目を見開き、眉根を寄せる。
「なら、俺が適当に取ってきます。ここにいて下さい」
 さっきから向けられる好奇の視線、声を潜めていても聞こえてくる『魔女』という言葉……。
 これ以上一緒にいるのはこの子の為にならないわね。
「結構よ。毒でも入れられたらたまったもんじゃない」
 きっぱり断るとエスティラは豪華な料理を目指して歩き出した。
 一瞬、ウォレストが傷付いたような表情を見せたがおそらく気のせいだ。

************

「はぁ。最高~」
 料理は美味しいし、ジュースも飲み放題。
 エスティラは普段は決して口にできない豪華な料理を堪能し、お腹を膨らませた。
 少し食べ過ぎたかしら。
 いきなり大量の料理を胃に詰め込んだせいだろうか。
 ドレスのコルセットもあってお腹がきつい。
 このドレスを脱げばもっと食べられるのに。残念だわ。
 エスティラは静かな夜の庭に出て風に当たることにした。
 この時期の夜風はまだまだ冷たいが、酒臭くなった会場よりはマシだと思う。
『エスティラ、エスティラ』
 辺りは暗くなったのに、城が明るいせいで小鳥たちも眠れないらしい。
 小鳥が数羽、エスティラの周りを飛び回り、肩や指先で羽を休めて戯れているとガサガサっと植え込みの中から白い犬が顔を出す。
『おぉ、珍しい人間がいるな』
 毛並みが良く、とても凛々しい白犬は言う。
 エスティラは周りに人気がないか確認してから話始める。
 動物と会話をしていては頭のおかしい奴か可哀想な奴だと思われてまた酒の肴にされてしまう。
「こんばんは。人間が騒がしくしてごめんなさいね」
『構わない。賑やかなのは嫌いじゃない』
 さっきの竜と鷲に比べたら理性的な話が出来そうな相手である。
『おぉ、やはりさっきの人間か』
 その言葉と同時に肩の上が一気に重くなる。
 先ほど会場にいた鷲だ。
『そなた、やはり我らの声が聞こえておるな?』
 やはり、さっき目が合ったような気がしたのは気のせいじゃなかったようだ。
『我らの言葉が分かる人間など久しぶりに見たぞ。私はクルードル。人間、名は?』
 まじまじと白い犬がエスティラを見つめて言う。
「エスティラ・ルーチェです」
『エスティラか。良い名だ』
 名前を名乗れば魔女扱いされるのでこんな風にお世辞でも褒められるのと少し照れくさい。
「昔もいたの? あなた達の言葉が分かる人間が」
 あぁ……このふわっとした毛並み最高だわ。
 エスティラは屈みこんで犬の身体を撫で回す。
『あぁ。もう随分前だがな』
 寝転んでお腹を曝け出す犬は言う。
『お前だけズルいぞ』
 鷲が拗ねるのでエスティラは鷲の頭や嘴を指の腹で撫でる。
 すると気持ちいのか、うっとりとした表情を見せた。
 あんな会話をするからどんな奴かと思ったら案外可愛らしい。
 正直で欲望に忠実。実に動物らしい。
『エスティラ、そなたは人間と踊らないのか?』
「私は良いの。踊る相手もいないし。最後に踊ったのはいつだったか……」
 鷲の問い掛けにエスティラは答える。
 両親が亡くなるまで社交界には顔を出していたし、気乗りのしない舞踏会やお茶会もこなし、ダンスも徹底的に特訓したが最後に踊ってから随分経つ。
「誰からも誘われないし、まかり間違って誰かに誘われてしまって相手の足を踏み抜いたら困るしね」
『そなたの足は凶器か何かか?』
 鷲は引き気味に言う。
『人間は皆、あの目が回りそうな踊りを好むのかと思っていたが違うのだな』
「違うわね。苦手な人間も一定数はいるはずよ」
 ふむふむと、鷲は関心を見せる。
『人間は何故踊るんだ?』
「さぁ……動物でいう求愛行動の一種なんじゃないかしら。美しく踊れれば異性からの視線を引けるし」
 エスティラは適当に答える。
『ふむ、求愛行動か……実に興味深い』
 鷲は人間のように考える仕草を見せた。
『るいぃぃぃぃ!』
 頭の上から必死に誰かを呼ぶ声がする。
 何かが物凄い速度でエスティラ目掛けて飛んできた。
「ぐえっ」
 音源の塊がエスティラの頭に激突し、身体はよろめくがその音源を落とさないように手で受け止める。
『エスティラよ、仮にもレディがぐえっ、なんて声を出すものじゃないぞ』
 クルードルが憐れむような目でエスティラを見つめて言うが、それどころじゃない。
 何だ、この塊は。
『なんだ、ロン。どうしたんだ、そんなに慌てて』
 ルイと呼ばれた鷲はルイーゼウというらしい。
 そしてルイ―ゼウを呼んでこちらへ突っ込んできたのは先ほど会場を飛び回っていた小さな黒い竜だ。
『大変なんだ! 俺の、俺の主が……!』
 ひくっ、ひくっと嗚咽を漏らす竜の言葉を待つ。
『毒を盛られそうなんだ~! 助けてくれよ』
 そう言って小さな黒い竜は悲痛な声で助けを求めた。
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