魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
エスティラは可能な限り、全力で走っていた。
 とは言っても重たいドレスを着た上にお腹いっぱいに食べてしまったため身体は重く、大した速度は出ない。
『エスティラ、急げ!』
「これ以上は無理!」
 聖獣鷲のルイーゼウに急かされて、エスティラは答える。
 すれ違う人達の視線がとても痛い。
 なぜならば……。
『エスティラ! そっちじゃないっ! こっちだ!』
「えぇっ⁉ い、いたたっ、ちょっと、髪! 髪を引っ張るんじゃない!」
 小さな黒い竜、名前をロンバートと言う。
『こっちだエスティラ! 匂いはこっちからする!』
「ちょ、うわっ!」
『頑張って!』
『頑張れ、エスティラ』
 鷲にせっつかれ、竜に髪を掴まれ、犬にドレスを引っ張られ、遠巻きに声援を送ってくれる小鳥たち。
 十人いたら十人が振り返る異常な光景だ。
 二階のダンスホールから聞こえてくる音楽が最終小説に入った。
 エスティラは痛い視線を振り切り、階段を駆け上がってホールへと向かう。
 開きっぱなしの扉の前に来たところで一曲目が終了する。
 ダンスを踊っていた人達はお辞儀をして次のダンスの相手と交代するために動き出す。
『エスティラ! あそこ! あそこだ!』
 ロンバートが可愛らしい尻尾でビシッと示した先には金髪の身なりの良い男性が調度勧められたワインを手にする所だった。
 グラスを持ち、使用人がその場でワインを注ぎ入れる。
 普通は既にグラスに注がれた飲み物を給仕の者が運ぶが、ボトルを見せてその場で注ぎ入れるのはやはり特別なワインである証拠だ。
 ヤバいヤバいヤバい!
 金髪の男性が側にいる人達とグラスを掲げて乾杯した。
 間に合わなくない? 
 もうダメだ、間に合わない。
 私には止められない。
 半ば諦めかけた。
『主いぃぃ~!』
 切なそうなロンバートの声がエスティラの背中を押した。
「ちょっと待って下さい!」
 エスティラは腕を伸ばし、金髪男性のグラスを掴んだ。
 中身が零れないようにグラス手で押さえる。
「私の見立てでは、このワイン、検品した方がよろしいかと。毒とか入ってるかもしれませんし」
「…………毒?」
 金髪の男性は沈黙の後に首を傾げる。
「えぇ。毒です。たぶん、きっと、おそらく」
 突然のことに辺りは静まり返る。
「魔女だ」
「一体どうしたの?」
「魔女が突然何を言ってるんだ?」
 そりゃそうよね、こういう反応になるわよね、知っていたわ。
 ひそひそと囁かれる声にエスティラは消えてしまいたい気持ちになる。
「君は…………」
 その声にエスティラは顔を上げる。
 そしてひゅうっと息を飲んだ。
 こ、こ……この人って……。
 長身で端正な顔立ちと美しい金糸の長い髪、海のように深い青色の瞳を持つ青年―――。
 エスティラも何度か夜会で見かけたことがある。
 立っているだけで老若男女問わず視線を奪い、微笑むだけで相手を虜にする現国王の弟で公爵位を持つ若き権力者。
 そして思い出した。
 リーナが追いかけまわしている男性の名前を。
「ミシェル・リ・ディブラード公爵……様……」
 
< 9 / 39 >

この作品をシェア

pagetop