悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
「お黙りなさい……!」
 
 胸の高鳴りを拒むように、アヴリーヌはジェイドを思い切り突き飛ばした。渾身の力だったが、武術で体を鍛えている彼には大した効果はなかったようだ。少し押し返したくらいにしか距離が空かない。
 
 寂しそうな顔を見せるジェイドに、アヴリーヌはわざと唇を手の甲でぬぐってみせる。口紅がよれるのも構わずゴシゴシこすってキスの感触を消し去ろうとしたのは、嫌悪感からではない。自分の浅ましさに泣きたくなったからだ。

(私を捨てた最悪の男のことを思い出して、嬉しくなってしまうだなんて……!)

 悔しさと情けなさで感情が高ぶり、いつしかアヴリーヌは唇を噛み締めたまま涙をこぼしていた。
 気づいたジェイドが傷ついた顔をする。雨に打たれた子犬のように項垂れ、両手の檻を自ら外した。

「すまない、先を急ぎ過ぎたね。いつも凛とした貴女を泣かせてしまうなんて」

 頬にこぼれたしずくをぬぐわれそうになり、その手をまた払う。その指先にすらかつての恋人を思い出しそうになり、本当に自分が嫌になる。
 
「僕はずっと貴女を見ていた。でも貴女は人妻で王妃、一貴族の僕が想いを告げていい相手ではない。ましてや国王は貴女を独占し、近づく男を毛嫌いしていたからね。貴女が国王に腰を抱かれているのを見るたびに、国王を呪っていたよ」

 確かに国王はアヴリーヌの美しさを見せびらかし、自分のアクセサリーのように扱っていた。贈り物を身につけるよう強要されたのも、「私は国王様の所有物です」と周りに宣伝するためだろう。
 
 そんな自分を、ジェイドが嫉妬の眼差しで見つめていたなんて。自分が嫁いできた頃といえば、彼はまだ十代半ばの少年だったはず。わざわざ一回りも歳上の人妻に憧れなくても、既に貴族の娘達にちやほやされていただろうに。

「他国から王妃になった貴女が、(いわ)れのない非難を受けているのを知っていた。貴女を孤立させ、自分だけを頼るように国王が仕組んでいたのを知っていながら、僕は貴女を悪い噂から救うことが出来なかった」
「え、国王様が?」

 思いがけないことを耳にし、さすがに聞き返してしまう。
 
 自分が悪女として扱われていたのは国王のせい?
 確かに夫だけは自分に優しくしてくれて――いや、優しかったわけではない。話し相手にはなってくれたが、妻として服従するよう命令し、夜も彼の望むように乱れることを強いられた。

「貴女がエマに辛く当たるのも、周りに味方がいない寂しさからだろうと思っていた。僕が傍にいられたら、貴女を苦しめなくて済んだのに」

 そんな風に「悪女」を思い遣ってくれている人がこの世界にいたなんて。にわかには信じがたいが、ジェイドは真剣そのものだ。第一断罪された自分にこんな嘘をついたところで、彼のメリットが見当たらない。

(本当にジェイドは、私をずっと想ってきたというの……?)

 アヴリーヌの心が揺れる。怒りに震えていた胸が、違う理由で鼓動を高鳴らせていく。

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