悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
「国王が亡くなり、貴女は無能な今の国王を支える摂政となった。実質貴女がこの国の最高権力者だ。
エマに言っていただろう、国を守っているのは自分だって。その通りだよ。貴女は当然のことを言ったまでだ」
執務室ではエマをかばい、エマの主張を守ろうとする「設定」通りだった彼が、真逆のことを口にする。
(こちらが彼の本心? 私自身ですら悪女の自覚があった罪の数々を、責めないというの?)
今まで誰にも寄り添ってもらえなかった孤独が、ジェイドの言葉に救いを求めて疼きだしている。つい聞き入っていたアヴリーヌは、しかし続く話に耳を疑った。
「このままでは貴女はいつまでも高嶺の花のまま。だから僕は一計を案じた。貴女に、全てを失ってもらえばいいってね」
「すべ、て?」
「摂政の座から引きずり下ろし、力を取り上げて、誰も知らない場所に閉じ込める。そうすれば、僕だけのものになるだろう?」
穏やかだったジェイドの黒い瞳が、みるみるうちに妖しい色香をたたえ始める。
その濡れた瞳に明らかな雄の欲を感じ、アヴリーヌは本能的に恐怖を覚えた。
いけない、やはりこの男は危険だ。早く逃げなくては。
「逃げないで」
「きゃっ!」
思考を読んだかのように、突然ジェイドが押し倒してきた。アヴリーヌはもがいたが、両手をベッドに縫い止められ腰をまたがれてしまう。
見下ろすジェイドの視線がアヴリーヌの全身をゆっくりと撫でた。彼の瞳がますます欲の色を濃くしていく。
(……なんて目で見るのよ)
着衣を乱されたわけでもないのに、生まれたままの姿を見られているような気分だ。
彼は自分を女として求めている。一回りも歳上の自分の体を、瑞々しい果実のように鑑賞している。それをアヴリーヌに理解させるような、興奮に満ちた視線だった。
「貴女を部屋に連れて行こうとした兵士は、僕の忠実な部下でね。……部屋へ向かう途中、貴女は兵士を振り払って逃げ出した。兵士達は必死に捜索するがどこにも見当たらない。そして数日後、王都を流れる川に貴女のドレスが浮いているのが見つかるんだ」
これが、とジェイドが瑠璃色のドレスを指さす。これも国王からの贈り物だ。アヴリーヌのために仕立てられたことを宮中の者なら誰でも知っている。他の男から貰ったものなど死体代わりに捨ててしまえ、ということか。
「誇りを傷つけられた貴女は、屈辱を断ち切ろうと自ら死を選んだらしい。棺にはドレスだけが入られる。遺体は永遠に見つからない。そういう筋書きだ」
「……そんなこと、『設定』にはないわ」
ゲームの「アヴリーヌ」は追放されるだけで、そんな残酷な結末は用意されていない。
だが、既にジェイドが「設定」通りではなくなっている。自分はどれほど抗っても「悪女」を覆せなかったのに、何故かジェイドは自らを、そしてアヴリーヌの結末をも書き換えようとしている。
「あとは貴女が僕の愛を受け入れてくれるだけだよ、愛しい人」
恐ろしい計画を明かした彼に、アヴリーヌの心は2つの相反する気持ちに引き裂かれた。
ひとつは、そこまでして自分を求めてくれるなんて、という優越感に似たときめき。本来エマのものだった彼が――前世で自分を裏切った男によく似た彼が、こんなにも自分に夢中であるという。
浅ましくも喜んでしまう自分が確かにいる。押し倒されても、本能的な恐怖こそ感じるものの、嫌悪感を抱いていないのがその証拠だ。
しかしもうひとつの気持ちは、アヴリーヌが「悪女」として守ってきたプライドと、それを傷つけられた屈辱だった。
わずかにこちらが勝ったアヴリーヌは、顎を反らし、馬鹿にしたような視線でジェイドを見返した。
「お生憎様。私、強引な男は嫌いなの。それに若い男も大っ嫌い」
エマに言っていただろう、国を守っているのは自分だって。その通りだよ。貴女は当然のことを言ったまでだ」
執務室ではエマをかばい、エマの主張を守ろうとする「設定」通りだった彼が、真逆のことを口にする。
(こちらが彼の本心? 私自身ですら悪女の自覚があった罪の数々を、責めないというの?)
今まで誰にも寄り添ってもらえなかった孤独が、ジェイドの言葉に救いを求めて疼きだしている。つい聞き入っていたアヴリーヌは、しかし続く話に耳を疑った。
「このままでは貴女はいつまでも高嶺の花のまま。だから僕は一計を案じた。貴女に、全てを失ってもらえばいいってね」
「すべ、て?」
「摂政の座から引きずり下ろし、力を取り上げて、誰も知らない場所に閉じ込める。そうすれば、僕だけのものになるだろう?」
穏やかだったジェイドの黒い瞳が、みるみるうちに妖しい色香をたたえ始める。
その濡れた瞳に明らかな雄の欲を感じ、アヴリーヌは本能的に恐怖を覚えた。
いけない、やはりこの男は危険だ。早く逃げなくては。
「逃げないで」
「きゃっ!」
思考を読んだかのように、突然ジェイドが押し倒してきた。アヴリーヌはもがいたが、両手をベッドに縫い止められ腰をまたがれてしまう。
見下ろすジェイドの視線がアヴリーヌの全身をゆっくりと撫でた。彼の瞳がますます欲の色を濃くしていく。
(……なんて目で見るのよ)
着衣を乱されたわけでもないのに、生まれたままの姿を見られているような気分だ。
彼は自分を女として求めている。一回りも歳上の自分の体を、瑞々しい果実のように鑑賞している。それをアヴリーヌに理解させるような、興奮に満ちた視線だった。
「貴女を部屋に連れて行こうとした兵士は、僕の忠実な部下でね。……部屋へ向かう途中、貴女は兵士を振り払って逃げ出した。兵士達は必死に捜索するがどこにも見当たらない。そして数日後、王都を流れる川に貴女のドレスが浮いているのが見つかるんだ」
これが、とジェイドが瑠璃色のドレスを指さす。これも国王からの贈り物だ。アヴリーヌのために仕立てられたことを宮中の者なら誰でも知っている。他の男から貰ったものなど死体代わりに捨ててしまえ、ということか。
「誇りを傷つけられた貴女は、屈辱を断ち切ろうと自ら死を選んだらしい。棺にはドレスだけが入られる。遺体は永遠に見つからない。そういう筋書きだ」
「……そんなこと、『設定』にはないわ」
ゲームの「アヴリーヌ」は追放されるだけで、そんな残酷な結末は用意されていない。
だが、既にジェイドが「設定」通りではなくなっている。自分はどれほど抗っても「悪女」を覆せなかったのに、何故かジェイドは自らを、そしてアヴリーヌの結末をも書き換えようとしている。
「あとは貴女が僕の愛を受け入れてくれるだけだよ、愛しい人」
恐ろしい計画を明かした彼に、アヴリーヌの心は2つの相反する気持ちに引き裂かれた。
ひとつは、そこまでして自分を求めてくれるなんて、という優越感に似たときめき。本来エマのものだった彼が――前世で自分を裏切った男によく似た彼が、こんなにも自分に夢中であるという。
浅ましくも喜んでしまう自分が確かにいる。押し倒されても、本能的な恐怖こそ感じるものの、嫌悪感を抱いていないのがその証拠だ。
しかしもうひとつの気持ちは、アヴリーヌが「悪女」として守ってきたプライドと、それを傷つけられた屈辱だった。
わずかにこちらが勝ったアヴリーヌは、顎を反らし、馬鹿にしたような視線でジェイドを見返した。
「お生憎様。私、強引な男は嫌いなの。それに若い男も大っ嫌い」