悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
3 悪女は愛に溺れる
部屋に閉じ込められてから数週間ほどが過ぎた。
生活は退屈だが不自由はなく、食事もドレスも暇つぶしの本も、王宮と遜色ないものが用意される。ドレスはいつの間に仕立てたのか、アヴリーヌのサイズぴったりだ。自分の贈ったものだけ身につけてほしいという、ジェイドからのメッセージだろう。
部屋の窓には鉄格子がはめられ、扉にも鍵がかかっている。内装こそ優美だが、さすがに監禁用の鳥籠ではあるらしく、自力での脱出は難しそうだ。元より、外に出ところでアヴリーヌにやりたいことなどないのだが。
今まではゲームの「シナリオ」があったので、未来がある程度予測出来た。しかし退場後のアヴリーヌについては詳しい描写がなかったうえ、ジェイドに結末すら変えられてしまっている。
地図のない未知の場所に放り出された心許なさ。アヴリーヌはただじっと、ジェイドが訪れるのを待つほかなかった。
※ ※ ※
ジェイドは毎夜通ってきては、熱心にアヴリーヌを口説いた。甘い言葉を囁き、優しく抱き締めてはキスをねだる。
アヴリーヌは何を言われてもつっけんどんに突き放した。広い胸に抱き込められても、拒絶をあらわに身をよじって顔を背ける。
触れられるたび高鳴る鼓動を気づかれてはいけない。揺れる胸の内を悟られてはいけない。こちらが夢中になった途端、相手は自分を捨てるのだから。
「初めて見た日から、貴女の美しさは少しも変わっていない。白くて柔らかな肌も、紅をささずとも赤くて魅力的な唇も。こうして腕に抱けて、僕は幸せだ」
ベッドに並んで座り、腰を抱き寄せられながら、ジェイドが指の背で頬をくすぐる。
アヴリーヌは不機嫌そうな顔で視線を逸らした。裏腹に鼓動はトクトクと鳴っている。
「同じ言葉で口説いてきた男は、私より若い女を選んで、呆気なく私を捨てたわ」
「貴女を傷つけたの? その男、殺そうか?」
あまりにも容易く言うもので、その物騒な提案が本気かどうかわからない。しかし自分を監禁し、死んだことにさえした彼ならば、やりかねないかもしれない。
彼の計画通り、先日自分の葬儀が執り行われたという。大部分の貴族が嘲笑さえする中、エマだけは本気で悲しんでいたそうで、その博愛がまた小憎らしい。
エマは「シナリオ」通りに女王に即位することを決めた。大役を引き受けるに当たり、迷っていたのをジェイドが背中を押したらしい。
「政務で忙しくなれば僕に構う時間もなくなるだろう。僕らは徐々にすれ違い、やがて波風立てずに関係は自然消滅だ」
「……結婚を、申し込まれたのではないの?」
「すごいな、エマのことをよく理解している」
ジェイドは純粋に驚いたらしいが、ただゲームのエンディングがそうだったというだけだ。そしてその「シナリオ」すら、ジェイドはやはり書き換えていた。
「今は国王の責務を優先した方がいい、と断ったよ。あの子に付き合う時間があったら、一秒でも長く貴女と過ごしたい」
膝に置いていた手を取られ、指を絡めるように握られる。触れ合ったそこが火が灯ったように熱いことを、肩に頬を載せてきた男には知られたくない。
「体が強ばっている。緊張しているの?」
「どんな乱暴をしてくるかわからない男に抱かれているんですもの」
「貴女を傷つけたりなんかしない」
「ここから出して。名前を変えてどこかで暮らすわ」
「それは聞けないな。貴女はここで、この先ずっと僕に愛されて暮らすんだ」
――ずっと。
愛する人とずっと愛し合い続ける。
そんな未来を夢みた時もあった。
生活は退屈だが不自由はなく、食事もドレスも暇つぶしの本も、王宮と遜色ないものが用意される。ドレスはいつの間に仕立てたのか、アヴリーヌのサイズぴったりだ。自分の贈ったものだけ身につけてほしいという、ジェイドからのメッセージだろう。
部屋の窓には鉄格子がはめられ、扉にも鍵がかかっている。内装こそ優美だが、さすがに監禁用の鳥籠ではあるらしく、自力での脱出は難しそうだ。元より、外に出ところでアヴリーヌにやりたいことなどないのだが。
今まではゲームの「シナリオ」があったので、未来がある程度予測出来た。しかし退場後のアヴリーヌについては詳しい描写がなかったうえ、ジェイドに結末すら変えられてしまっている。
地図のない未知の場所に放り出された心許なさ。アヴリーヌはただじっと、ジェイドが訪れるのを待つほかなかった。
※ ※ ※
ジェイドは毎夜通ってきては、熱心にアヴリーヌを口説いた。甘い言葉を囁き、優しく抱き締めてはキスをねだる。
アヴリーヌは何を言われてもつっけんどんに突き放した。広い胸に抱き込められても、拒絶をあらわに身をよじって顔を背ける。
触れられるたび高鳴る鼓動を気づかれてはいけない。揺れる胸の内を悟られてはいけない。こちらが夢中になった途端、相手は自分を捨てるのだから。
「初めて見た日から、貴女の美しさは少しも変わっていない。白くて柔らかな肌も、紅をささずとも赤くて魅力的な唇も。こうして腕に抱けて、僕は幸せだ」
ベッドに並んで座り、腰を抱き寄せられながら、ジェイドが指の背で頬をくすぐる。
アヴリーヌは不機嫌そうな顔で視線を逸らした。裏腹に鼓動はトクトクと鳴っている。
「同じ言葉で口説いてきた男は、私より若い女を選んで、呆気なく私を捨てたわ」
「貴女を傷つけたの? その男、殺そうか?」
あまりにも容易く言うもので、その物騒な提案が本気かどうかわからない。しかし自分を監禁し、死んだことにさえした彼ならば、やりかねないかもしれない。
彼の計画通り、先日自分の葬儀が執り行われたという。大部分の貴族が嘲笑さえする中、エマだけは本気で悲しんでいたそうで、その博愛がまた小憎らしい。
エマは「シナリオ」通りに女王に即位することを決めた。大役を引き受けるに当たり、迷っていたのをジェイドが背中を押したらしい。
「政務で忙しくなれば僕に構う時間もなくなるだろう。僕らは徐々にすれ違い、やがて波風立てずに関係は自然消滅だ」
「……結婚を、申し込まれたのではないの?」
「すごいな、エマのことをよく理解している」
ジェイドは純粋に驚いたらしいが、ただゲームのエンディングがそうだったというだけだ。そしてその「シナリオ」すら、ジェイドはやはり書き換えていた。
「今は国王の責務を優先した方がいい、と断ったよ。あの子に付き合う時間があったら、一秒でも長く貴女と過ごしたい」
膝に置いていた手を取られ、指を絡めるように握られる。触れ合ったそこが火が灯ったように熱いことを、肩に頬を載せてきた男には知られたくない。
「体が強ばっている。緊張しているの?」
「どんな乱暴をしてくるかわからない男に抱かれているんですもの」
「貴女を傷つけたりなんかしない」
「ここから出して。名前を変えてどこかで暮らすわ」
「それは聞けないな。貴女はここで、この先ずっと僕に愛されて暮らすんだ」
――ずっと。
愛する人とずっと愛し合い続ける。
そんな未来を夢みた時もあった。