悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
 夢みたことがあるからこそ、夢が壊された時の痛みも知っている。
 ジェイドが自分を手に入れたがっていることは理解した。だがそれはきっと、自分が彼になびかないからだろう。熱心な求愛は愛情の深さではなく、狙った女をモノにしたいという男の狩猟本能なのだ。

 ほだされたら最後、呆気なく捨てられるだけ。彼の讃える美しさだってそのうち朽ちて飽きられる。だって自分は、ヒーローに生涯愛される「ヒロイン」ではないのだから。

 ……そんなことを思う程度には、自分はこの青年に心動かされ始めている。

 チラ、と視線をやると、彼は嬉しそうに目を細める。見た目以上にたくましい体に反して、顔立ちは甘く優しい。自分を愛おしげに見つめる瞳は幸福の蜜をはらんでいて、握ったままの手をするりと撫でられた。

(そんな優しい触り方、しないで……) 

 監禁という最も暴力的な行為をしているくせに、注ぐ言葉も触れる指も自分を宝物のように扱ってくれる。
 信じてはいけないのに、拒めば拒むほど彼に心が傾いていく。――もっと愛してほしくなる。

 アヴリーヌは内心の狼狽を気取られぬように、ジェイドの胸を押し返した。

「どれほど訴えても無駄よ、私は誰も愛さないの。生まれる前からそう決めてるのよ」
「それを聞いて安心したよ。国王のことも愛していたわけじゃないんだね」
「あなたのこともよ」
「ならば僕が、貴女の愛する初めての男だ。生まれる前からそう決まっている」

 からかうように言葉を真似する彼の自信は、どこから来るのだろう。いや、自信ではなく、自分の望みは実現してしかるべきだと思い込んでいるのだろう。
 それは一種の狂気。アヴリーヌは空恐ろしさを覚える。

「……あなた、おかしいわ」
「ん?」
「そこまでして入れ込むのが、どうして私なの?」

 前世ならまだしも、「アヴリーヌ」としては決してほめられた人生は送ってきていない。「設定」を覆してでも彼が自分に惹かれる理由がわからなくて、それがアヴリーヌの困惑に拍車をかけている。

「そうだね、まずはその美貌かな」

 指で顎を持ち上げられる。顔が近づいてきたので、唇が触れる前に顔を背けた。つれない、と笑う彼はむしろ楽しそうだ。

「それから、独りでも強く戦い抜いていたところ。国王の独占欲のせいで貴女は孤立して、エマとその取り巻き達に貴女は責められてばかりいた」

 そう。自分の味方は誰もいなかった。心配してくれていたというジェイドの存在すら知らなかった。
 
「でも貴女はしおれることなく、逆にやり返していったよね。貴女が悪女や暴君と呼ばれるようになったのは、元はといえば周りが貴女を追い込んだからだ。……そういうね、負けずに立ち向かった貴女の強さが、僕は愛しくてたまらない」

(本当に?)
 
 前世の彼が扱いづらいと突き放したアヴリーヌの姿を、ジェイドは愛しているという。誰も見てくれないと思っていたアヴリーヌの孤軍奮闘を、この人だけは見守ってくれていたのだと――――。
  
 いけない。
 彼の言葉を聞いていると、「悪女」だった自分が許されてしまいそうになる。彼だけは自分を甘やかしてくれると信じそうになる、勘違いしそうになる。
 
「馬鹿ね。……いくら追い込まれたからといっても、私が犯した罪は、ちゃんと罪なのよ」

 だからわざと、罪悪感を胸の奥から引っ張り出した。
 大人げなくエマをいじめてきたこと、民を苦しめてきたこと、気に入らない貴族を追い落として破滅させてきたこと。
 今まであれこれ理由をつけて自分を正当化してきたことを、自らの手で断罪した――のに。

「気に病む必要はないよ、アヴリーヌ。この世界でね、僕と貴女以外のものには何の価値もないんだ。貴女の邪魔になるものがあるのなら、僕が消してあげよう」

 恐ろしいことを口にする彼は、やはり微笑んだままだ。

 アヴリーヌは背筋が凍るほどの恐怖に震えた。やはりジェイドはおかしい。倫理観が狂っている。
 そして同時に歓喜に震えた。この人だけは私の味方、私がどうなってもきっと愛していてくれる。

(ダメよ、これ以上ジェイドの言葉を聞いてはいけない……!)

 ジェイドに優しく抱き締められながら、アヴリーヌは決意を固めていた。
 この男の側にいてはいけない、離れなければいけない。ここから、逃げ出さなくては……!

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