悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
ここから逃げ出す。
そう決めたアヴリーヌは、部屋の探索にとりかかかった。
窓の格子は外れそうもなく、鍵のかかった扉を蹴破る力はさすがに女の体にはない。壁のあちこちやクローゼットの中も調べたが、抜け道のようなものはなさそうだ。
そうすると、部屋から逃げ出す機会は侍女が扉を開けた時だけ。食事を運んできたときか、用事を言いつけた時。
事前に、それとなく侍女に屋敷の構造を尋ねてみた。窓からの景色でこの部屋が二階の端にあることはわかったが、全体の間取りは不明だったからだ。
だがジェイドがアヴリーヌの世話を任せているだけあって、侍女は余計な話を一切しない。情報収集に失敗したアヴリーヌは、仕方なく行き当たりばったりの計画に賭けるしかなくなった。
※ ※ ※
決行の日。
いつも通り夕食をワゴンで運んできた侍女が、テーブルに皿を並べ出す。扉の鍵を閉めなかったのは確認済みだ。そしてここ数日、ジェイドは城に出仕しているので不在のはず。
テーブルの前の椅子についたアヴリーヌは、わざとらしくため息をついた。作戦開始だ。
「ねえ、ドレスを着替えたい気分なの。食事は後でいいから、クローゼットを開けてちょうだい」
クローゼットは扉と反対側の壁にある。侍女は皿を並べる手を止め、「かしこまりました」と答えると、アヴリーヌに背を向けクローゼットへとへと歩き出す。
アヴリーヌはテーブルの下で靴を脱ぐと、音を立てないようにそっと立ち上がり、扉に近づいていく。そして侍女がクローゼットの戸を開けると同時に、
――バンッ!
扉を開け放ち、暗い廊下を一目散に走り出した。
素足で木の床の上を駆けていく。心配していた見張りのようなものはおらず、階段もすぐに見つかった。しかしそれは使用人達が使う区画のものだったようで、駆け降りた先は人との話し声がするキッチンだった。
下りきる前に階段の壁に身を隠す。全力で走ったせいと緊張で、心臓がバクバクと音を立てている。
上の階から急ぎ足の音が聞こえた。きっと侍女が追いかけてきたのだ。
アヴリーヌは意を決して階段を下りると、キッチンの前を通り過ぎて廊下の先に向かった。後ろで人の叫ぶ声が聞こえる。侍女とキッチンにいた使用人達だろう。
追いつかれないように逃げるうちに、玄関ホールが見えてきた。正面に大きな両開きの扉。駆けてきた勢いのままとりついて、取っ手を両手で一息に引いた。
外は大雨だった。
夜闇を覆い隠すほどの土砂降りの雨が、重く垂れ込めた雲から地を削る勢いで降り注いでいる。
遠くの空に一瞬閃光。数拍遅れて大地を引き裂くような轟音が鳴り響いた。
あまりにひどい嵐。アヴリーヌはポーチから踏み出すのを一瞬躊躇する。
しかしこの機会を逃したら二度と屋敷から出られないと――ジェイドを拒むことが出来なくなりそうだと思い直し、ドレスの裾を持ち上げて雨の中を走り出した。
門が近づいてくる。雨に打ち付けられた髪とドレスが水をはらんで重たい。走りやすいよう靴を脱いできたが、砂利混じりの土は素足を容易く傷つけた。
息も上がって、走る速度が落ちてしまう。門にたどり着いたアヴリーヌは思わず足を止め、柱に寄りかかって呼吸を整えようとした。
「アヴリーヌ!」
その時、雨の向こうから、男の叫ぶ声が聞こえた。
そう決めたアヴリーヌは、部屋の探索にとりかかかった。
窓の格子は外れそうもなく、鍵のかかった扉を蹴破る力はさすがに女の体にはない。壁のあちこちやクローゼットの中も調べたが、抜け道のようなものはなさそうだ。
そうすると、部屋から逃げ出す機会は侍女が扉を開けた時だけ。食事を運んできたときか、用事を言いつけた時。
事前に、それとなく侍女に屋敷の構造を尋ねてみた。窓からの景色でこの部屋が二階の端にあることはわかったが、全体の間取りは不明だったからだ。
だがジェイドがアヴリーヌの世話を任せているだけあって、侍女は余計な話を一切しない。情報収集に失敗したアヴリーヌは、仕方なく行き当たりばったりの計画に賭けるしかなくなった。
※ ※ ※
決行の日。
いつも通り夕食をワゴンで運んできた侍女が、テーブルに皿を並べ出す。扉の鍵を閉めなかったのは確認済みだ。そしてここ数日、ジェイドは城に出仕しているので不在のはず。
テーブルの前の椅子についたアヴリーヌは、わざとらしくため息をついた。作戦開始だ。
「ねえ、ドレスを着替えたい気分なの。食事は後でいいから、クローゼットを開けてちょうだい」
クローゼットは扉と反対側の壁にある。侍女は皿を並べる手を止め、「かしこまりました」と答えると、アヴリーヌに背を向けクローゼットへとへと歩き出す。
アヴリーヌはテーブルの下で靴を脱ぐと、音を立てないようにそっと立ち上がり、扉に近づいていく。そして侍女がクローゼットの戸を開けると同時に、
――バンッ!
扉を開け放ち、暗い廊下を一目散に走り出した。
素足で木の床の上を駆けていく。心配していた見張りのようなものはおらず、階段もすぐに見つかった。しかしそれは使用人達が使う区画のものだったようで、駆け降りた先は人との話し声がするキッチンだった。
下りきる前に階段の壁に身を隠す。全力で走ったせいと緊張で、心臓がバクバクと音を立てている。
上の階から急ぎ足の音が聞こえた。きっと侍女が追いかけてきたのだ。
アヴリーヌは意を決して階段を下りると、キッチンの前を通り過ぎて廊下の先に向かった。後ろで人の叫ぶ声が聞こえる。侍女とキッチンにいた使用人達だろう。
追いつかれないように逃げるうちに、玄関ホールが見えてきた。正面に大きな両開きの扉。駆けてきた勢いのままとりついて、取っ手を両手で一息に引いた。
外は大雨だった。
夜闇を覆い隠すほどの土砂降りの雨が、重く垂れ込めた雲から地を削る勢いで降り注いでいる。
遠くの空に一瞬閃光。数拍遅れて大地を引き裂くような轟音が鳴り響いた。
あまりにひどい嵐。アヴリーヌはポーチから踏み出すのを一瞬躊躇する。
しかしこの機会を逃したら二度と屋敷から出られないと――ジェイドを拒むことが出来なくなりそうだと思い直し、ドレスの裾を持ち上げて雨の中を走り出した。
門が近づいてくる。雨に打ち付けられた髪とドレスが水をはらんで重たい。走りやすいよう靴を脱いできたが、砂利混じりの土は素足を容易く傷つけた。
息も上がって、走る速度が落ちてしまう。門にたどり着いたアヴリーヌは思わず足を止め、柱に寄りかかって呼吸を整えようとした。
「アヴリーヌ!」
その時、雨の向こうから、男の叫ぶ声が聞こえた。