悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
「貴女を抱き締めるたび、貴女はいつも苦しそうにしていた。僕を拒むのは、単に貴女がまだ僕を愛してると気づいていないだけかと思っていたんだが、そうではなかったんだね」
何か言い返さなければ、と思案を巡らせるものの、核心を言い当てられて動揺するアヴリーヌは、うまい言葉を思いつけない。
その隙に、さらにジェイドが本心へ詰め寄ってくる。
「貴女を捨てた男がいたと言ってたね。貴女はそいつと同じことを、僕がすると思っているのかい?」
思わず唇を引き結んでしまうだなんて、雄弁な肯定に他ならない。
素直な反応を後悔しても遅い。やっぱり、とでも言いたげに、ジェイドは顔を渋くしかめた。
「そいつの名前を知りたいな。貴女をそんなに深く傷つけた男なんて、むごたらしく殺してやらなくては」
相変わらず物騒なことを平然と言ってのけるジェイドが、急に立ち上がる。何事かと顔を上げてしまったアヴリーヌの前で、腰に提げていた剣を抜き放つ。
切っ先が光を弾くのを見て、アヴリーヌは先ほど自分が「殺してよ」と口走ったことを思い出した。勢いに任せた言葉ではあったが、いっそ本心でもある。
しかしジェイドはその刃をアヴリーヌに向けることはなく、逆に柄の方を向けて差し出してきた。
「さあ、手に取って」
アヴリーヌは困惑する。ジェイドが何をさせたいのかわからない。だいたい、いくらアヴリーヌといえどこんなあからさまな凶器を手にしたことはなく、手に取れと請われても恐怖心が先立ってしまう。
だが、ジェイドは自分をじっと見つめたまま、梃子でも動かないつもりらしい。
逡巡の末、アヴリーヌはおそるおそる柄を両手で握った。剣はずしりと重く、これを軽々と扱っていたジェイドのたくましさを思い知らされる気分だ。
「愛しているよ、アヴリーヌ」
すると、アヴリーヌが剣を取ったのを確認したジェイドが、突然その刃を自分の首筋に押し当てた。
「な、何やってるのよ!」
少しでも動かしたら皮膚を裂いてしまいそうなほど刃を押しつけるジェイドに、アヴリーヌは焦って剣を離そうとする。しかしジェイドに手ごと握られて、逆にしっかりと柄を掴まされた。
「この剣は、貴女にあげるよ。もし僕が貴女を捨てるなんて愚かなことをしそうになったら、これで首をはねて、僕を地獄に落としてくれ」
「そんなこと、できるわけないでしょ!」
いくら「悪女」でも、直接人を殺したことはない。第一今のアヴリーヌは、「悪女」としての役割を既に終えている。
ここにいるのは、好きになった男に捨てられる未来を、勝手に怯えて拒んで、逃げているだけの弱い女。彼の愛を信じたいのにその勇気を持てない、はらはらと悔し涙をこぼすことしか出来ない、「ヒロイン」のなりそこないなのだ。
「なんで、こんな危ないことを……」
刃がジェイドを傷つけないよう、必死に手の震えを抑えようとするアヴリーヌとは裏腹に、ジェイドはむしろ刃を首にめりこませようとしている。
彼の瞳はどこまでも真っ直ぐで、アヴリーヌの方がたじろいでしまうほどだ。
「貴女に信じてほしいからだよ。今ここで斬られても後悔しないくらい、貴女を愛していることを」
「命を盾にとるなんて、卑怯よ」
「王国一の悪女の台詞とは思えないな。……ねえアヴリーヌ、これでわかってくれたかな?」
剣の重みよりさらに重く、ジェイドの言葉がアヴリーヌの心の奥深くに沈んでいく。
二度と浮き上がることが出来ないほど深く暗い海の底に、アヴリーヌの弱さと不信をさらっていく。
「僕は貴女を捨てた男なんかじゃない。貴女に溺れて心を捧げた僕を――僕自身を見て、アヴリーヌ」
(そんな風に言われたら、もう……信じるしかないじゃない)
ジェイドの手が離れる。
アヴリーヌは剣を取り落とし、それと同時に跪いたジェイドへと、泣き濡れた顔を隠しもせずに抱きついた。
「私をずっと愛して。どこにもいかないで。……愛しているわ、ジェイド」
何か言い返さなければ、と思案を巡らせるものの、核心を言い当てられて動揺するアヴリーヌは、うまい言葉を思いつけない。
その隙に、さらにジェイドが本心へ詰め寄ってくる。
「貴女を捨てた男がいたと言ってたね。貴女はそいつと同じことを、僕がすると思っているのかい?」
思わず唇を引き結んでしまうだなんて、雄弁な肯定に他ならない。
素直な反応を後悔しても遅い。やっぱり、とでも言いたげに、ジェイドは顔を渋くしかめた。
「そいつの名前を知りたいな。貴女をそんなに深く傷つけた男なんて、むごたらしく殺してやらなくては」
相変わらず物騒なことを平然と言ってのけるジェイドが、急に立ち上がる。何事かと顔を上げてしまったアヴリーヌの前で、腰に提げていた剣を抜き放つ。
切っ先が光を弾くのを見て、アヴリーヌは先ほど自分が「殺してよ」と口走ったことを思い出した。勢いに任せた言葉ではあったが、いっそ本心でもある。
しかしジェイドはその刃をアヴリーヌに向けることはなく、逆に柄の方を向けて差し出してきた。
「さあ、手に取って」
アヴリーヌは困惑する。ジェイドが何をさせたいのかわからない。だいたい、いくらアヴリーヌといえどこんなあからさまな凶器を手にしたことはなく、手に取れと請われても恐怖心が先立ってしまう。
だが、ジェイドは自分をじっと見つめたまま、梃子でも動かないつもりらしい。
逡巡の末、アヴリーヌはおそるおそる柄を両手で握った。剣はずしりと重く、これを軽々と扱っていたジェイドのたくましさを思い知らされる気分だ。
「愛しているよ、アヴリーヌ」
すると、アヴリーヌが剣を取ったのを確認したジェイドが、突然その刃を自分の首筋に押し当てた。
「な、何やってるのよ!」
少しでも動かしたら皮膚を裂いてしまいそうなほど刃を押しつけるジェイドに、アヴリーヌは焦って剣を離そうとする。しかしジェイドに手ごと握られて、逆にしっかりと柄を掴まされた。
「この剣は、貴女にあげるよ。もし僕が貴女を捨てるなんて愚かなことをしそうになったら、これで首をはねて、僕を地獄に落としてくれ」
「そんなこと、できるわけないでしょ!」
いくら「悪女」でも、直接人を殺したことはない。第一今のアヴリーヌは、「悪女」としての役割を既に終えている。
ここにいるのは、好きになった男に捨てられる未来を、勝手に怯えて拒んで、逃げているだけの弱い女。彼の愛を信じたいのにその勇気を持てない、はらはらと悔し涙をこぼすことしか出来ない、「ヒロイン」のなりそこないなのだ。
「なんで、こんな危ないことを……」
刃がジェイドを傷つけないよう、必死に手の震えを抑えようとするアヴリーヌとは裏腹に、ジェイドはむしろ刃を首にめりこませようとしている。
彼の瞳はどこまでも真っ直ぐで、アヴリーヌの方がたじろいでしまうほどだ。
「貴女に信じてほしいからだよ。今ここで斬られても後悔しないくらい、貴女を愛していることを」
「命を盾にとるなんて、卑怯よ」
「王国一の悪女の台詞とは思えないな。……ねえアヴリーヌ、これでわかってくれたかな?」
剣の重みよりさらに重く、ジェイドの言葉がアヴリーヌの心の奥深くに沈んでいく。
二度と浮き上がることが出来ないほど深く暗い海の底に、アヴリーヌの弱さと不信をさらっていく。
「僕は貴女を捨てた男なんかじゃない。貴女に溺れて心を捧げた僕を――僕自身を見て、アヴリーヌ」
(そんな風に言われたら、もう……信じるしかないじゃない)
ジェイドの手が離れる。
アヴリーヌは剣を取り落とし、それと同時に跪いたジェイドへと、泣き濡れた顔を隠しもせずに抱きついた。
「私をずっと愛して。どこにもいかないで。……愛しているわ、ジェイド」