悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
相手への愛が深まっているのはアヴリーヌも同じだ。
アヴリーヌはジェイドに髪を撫でられながら、壁に掛けられた剣に目を遣る。
あの日からずっとアヴリーヌの手元にあるジェイドの剣は、彼が愛を誓ってくれた命そのもの。ジェイドはあの日の約束を違えず、ずっとアヴリーヌに一途な愛を捧げてくれている。
結ばれる前はあれほどジェイドに溺れることを恐れていたのに、彼は自分に飽きるどころかますます独占欲を強くしている。
その上高齢で妊娠した自分を案じ、初めてのつわりで苦しんでいた時も、彼自身がつきっきりで看病してくれた。
愛され続けることを信じられないと泣いた自分のために、ジェイドはいつも、自分を一番大事にしてくれているのだ。
(私は、本当の幸せを見つけたの。二度と裏切られことがない幸せ。「悪女」が「ヒロイン」になれる相手を、私はゲームに逆らって手に入れたんだわ)
――――ゲームの「設定」に逆らって。
ふと、アヴリーヌの脳裏に暗い影が過る。
ジェイドとの愛の結晶を身に宿し、徐々にお腹が大きくなっていくのを見守っているうちに、思いついてしまった恐ろしい想像。
いやもしかすると、転生者であるアヴリーヌにしか見抜くことが出来ない真相。
(……この国がおかしくなってしまったのは、私が「設定」を変えようとしたから?)
「悪女」という「設定」を覆せず苦しんだアヴリーヌだが、その逆らおうとした行動が結果としてジェイドの心を変えてしまった。本来エマと結ばれるはずだったジェイドが、そのフラグが発動するより前に、「キャラクター」の枠を越えた愛を知ってしまったのだ。
「設定」をプログラムとするならば、前世の記憶をもつ自分はゲーム世界にとって異質な存在。例えるならばコンピューターウイルスのようなものだ。
ジェイドはそのウイルスに感染し、「キャラクター」情報にバグを発生させた。そしてジェイドの「設定」にない愛は、エンディングの書き換えというゲームにとって甚大なバグを引き起こした。
その結果、ゲーム世界を形づくるプログラム――この世界の骨格と言えるものが、おかしくなってしまったのではないか。
(だとしたら、私がジェイドの愛を受け入れ、子どもまで宿してしまったのは……ゲームにとっては、世界の破滅に匹敵するバグだわ)
天から降り続ける雨。止まない雨。
ハッピーエンドの約束された「ヒロイン」は、「ヒーロー」の愛を得られず地獄に落ちていく。
この世界が根底から崩れ、壊れていく。
ぞっとする推測を、アヴリーヌはもうずいぶん前から考えていた。
しかしそれでも、アヴリーヌの心は一度たりとも揺らぐことはなかった。自分にとって何が大切で何を守るべきか、既に確信していたからだ。
「ジェイド、私はね、あなたと私達の子どもだけは、何があっても守るわ」
今のアヴリーヌにとって何よりも大切な存在――ジェイドとお腹の子に向かって、アヴリーヌはうっとりと語りかける。
「昔、死ぬほど惨めで辛い思いをしたの。でもあなたが私を愛してくれたから、私はこうして誰よりも幸せでいられる。だからたとえ世界が破滅しようとも、あなたと子どもだけは守る。……私なら、きっとそれが出来るわ」
ジェイドの頭を大切に胸に抱く。
ジェイドは嬉しそうに目を細め、アヴリーヌの腰をお腹の子どもごと優しく抱いた。
「同じ言葉を貴女に返すよ、アヴリーヌ。僕といる限り、貴女は永遠に幸せなままだ」
ジェイドは自分を裏切らない。「設定」をねじ曲げて自分をさらってくれた彼ならば、例え世界が壊れても自分への愛を貫いてくれるに違いない。
顔を上げたジェイドの望むままに、唇を重ねる。
ジェイドの瞳には、自分以外何も映っていない。この瞳が永遠に閉じられるその瞬間まで、自分達は二人だけの幸福の世界で生きるのだ。
風が強くなってきた。
雨は止む気配なく降り続けている。
この国の人々が太陽の光を浴びることは、二度とないのかもしれない。
――――この世界を破滅に導く命が、アヴリーヌの胎内で、愛の鼓動を刻んでいた。
アヴリーヌはジェイドに髪を撫でられながら、壁に掛けられた剣に目を遣る。
あの日からずっとアヴリーヌの手元にあるジェイドの剣は、彼が愛を誓ってくれた命そのもの。ジェイドはあの日の約束を違えず、ずっとアヴリーヌに一途な愛を捧げてくれている。
結ばれる前はあれほどジェイドに溺れることを恐れていたのに、彼は自分に飽きるどころかますます独占欲を強くしている。
その上高齢で妊娠した自分を案じ、初めてのつわりで苦しんでいた時も、彼自身がつきっきりで看病してくれた。
愛され続けることを信じられないと泣いた自分のために、ジェイドはいつも、自分を一番大事にしてくれているのだ。
(私は、本当の幸せを見つけたの。二度と裏切られことがない幸せ。「悪女」が「ヒロイン」になれる相手を、私はゲームに逆らって手に入れたんだわ)
――――ゲームの「設定」に逆らって。
ふと、アヴリーヌの脳裏に暗い影が過る。
ジェイドとの愛の結晶を身に宿し、徐々にお腹が大きくなっていくのを見守っているうちに、思いついてしまった恐ろしい想像。
いやもしかすると、転生者であるアヴリーヌにしか見抜くことが出来ない真相。
(……この国がおかしくなってしまったのは、私が「設定」を変えようとしたから?)
「悪女」という「設定」を覆せず苦しんだアヴリーヌだが、その逆らおうとした行動が結果としてジェイドの心を変えてしまった。本来エマと結ばれるはずだったジェイドが、そのフラグが発動するより前に、「キャラクター」の枠を越えた愛を知ってしまったのだ。
「設定」をプログラムとするならば、前世の記憶をもつ自分はゲーム世界にとって異質な存在。例えるならばコンピューターウイルスのようなものだ。
ジェイドはそのウイルスに感染し、「キャラクター」情報にバグを発生させた。そしてジェイドの「設定」にない愛は、エンディングの書き換えというゲームにとって甚大なバグを引き起こした。
その結果、ゲーム世界を形づくるプログラム――この世界の骨格と言えるものが、おかしくなってしまったのではないか。
(だとしたら、私がジェイドの愛を受け入れ、子どもまで宿してしまったのは……ゲームにとっては、世界の破滅に匹敵するバグだわ)
天から降り続ける雨。止まない雨。
ハッピーエンドの約束された「ヒロイン」は、「ヒーロー」の愛を得られず地獄に落ちていく。
この世界が根底から崩れ、壊れていく。
ぞっとする推測を、アヴリーヌはもうずいぶん前から考えていた。
しかしそれでも、アヴリーヌの心は一度たりとも揺らぐことはなかった。自分にとって何が大切で何を守るべきか、既に確信していたからだ。
「ジェイド、私はね、あなたと私達の子どもだけは、何があっても守るわ」
今のアヴリーヌにとって何よりも大切な存在――ジェイドとお腹の子に向かって、アヴリーヌはうっとりと語りかける。
「昔、死ぬほど惨めで辛い思いをしたの。でもあなたが私を愛してくれたから、私はこうして誰よりも幸せでいられる。だからたとえ世界が破滅しようとも、あなたと子どもだけは守る。……私なら、きっとそれが出来るわ」
ジェイドの頭を大切に胸に抱く。
ジェイドは嬉しそうに目を細め、アヴリーヌの腰をお腹の子どもごと優しく抱いた。
「同じ言葉を貴女に返すよ、アヴリーヌ。僕といる限り、貴女は永遠に幸せなままだ」
ジェイドは自分を裏切らない。「設定」をねじ曲げて自分をさらってくれた彼ならば、例え世界が壊れても自分への愛を貫いてくれるに違いない。
顔を上げたジェイドの望むままに、唇を重ねる。
ジェイドの瞳には、自分以外何も映っていない。この瞳が永遠に閉じられるその瞬間まで、自分達は二人だけの幸福の世界で生きるのだ。
風が強くなってきた。
雨は止む気配なく降り続けている。
この国の人々が太陽の光を浴びることは、二度とないのかもしれない。
――――この世界を破滅に導く命が、アヴリーヌの胎内で、愛の鼓動を刻んでいた。