『オーバーキル』一軍男子に脅かされています
「この辺のはずなんだけど……あった!」
スマホのナビで辿り着いたヘアサロンは、大通りから少し離れている住宅街の一角にあった。
予約時間の5分前。
サロンの入口の前で足を止めた桃子は、深呼吸して振り返った。
「匠刀」
「ん?」
「髪、撫でて」
「は?」
「いいから、撫でて」
真っすぐと見つめて来る瞳はいつになく真剣で。
俺はいつものように、優しく髪を撫でた。
桃子は目を瞑って、俺から与えられるその感触を感じているようだ。
「ありがと」
もしかして、髪を切るつもりなのだろうか?
女の子にとって、髪は命だってよく言うし。
入退院を繰り返してた頃はずっとショートカットだったから。
頑張って伸ばした髪を切るのには、それなりに勇気がいるだろう。
チリン。
可愛らしいベルの音がした。
「いらっしゃいませ」
「予約した、仲村です」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
30代半ばくらいの女性が奥の椅子へと案内する。
こじんまりとした、個人宅の美容院。
店舗の規模からして、一人でやっているのかもしれない。
スタイリングチェアの横にカゴが置かれていて、その中にコートやバッグを入れた桃子は、ちょっと緊張した面持ちでスタイリングチェアに座る。
「彼氏さんは向こうで待ってます?」
「あっ、いえ、彼にもお願いしたいので、ここにいて貰ってもいいですか?」
「えぇ、もちろん」
俺にお願いって、何?
サロンでお願いされるような事って、無いと思うんだけど。
手際よくタオルやケープが施されてゆく。
それらを桃子の傍で突っ立ったまま、ただ見ているだけしかできないのに。