『オーバーキル』一軍男子に脅かされています
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とうとうこの時が来た。
毛先を揃える以外で8年間切らずにいた髪を、クリスマスである今日、切ることにした。

コームでブロッキングされた髪は通常ダッカールで留められる。
けれど、今日はブロッキングされた髪が、小さなゴムで留められてゆく。

僅か数分の出来事。
髪を切ると決めてから今日まで、何度も止めようか悩んだのに。
あっけなくその時を迎えた。

「写真は撮っておいたかな?」
「……はい」

問い合わせをして相談した際に幾つかの注意事項を聞かされていた。
だけど、事前に準備するものはたった一つ。
『勇気』だけ持って来てくれればいいというものだった。

「それじゃあ、始めましょうか」
「はい」
「彼氏さん、刃の部分に気を付けて持って貰える?」
「はい?……俺がですか?」
「えぇ。……そうよね?」
「匠刀、お願い。1カットでいいから」
「……っんなこと言われたって」

何の前触れもなく、いきなり鋏を握らされ、彼女の髪を切れと言われても困るよね。
だけど、だからこそ匠刀にお願いしたいんだよ。

美容師さんに促され、渋々鋏を手にした匠刀。
鏡越しの瞳が『無理なんだけど?』と言ってる。

「このゴムで結ばれた3センチくらい上をカットして貰えればいいから」
「は?……3センチって、めちゃくちゃ短くなるじゃんっ。え、桃子、いいの?ベリーショートになんぞ」
「……うん、ベリーショートにするんだよ」
「……マジで?」

何も伝えてなくてごめんね。
今日髪を切るのは――――。

「ヘアドネーションって知ってる?」
「……あぁ、病気や怪我で困ってる人に髪を寄付して、ウィッグとか作るってやつですよね」
「そう、それ。今日はそのために彼女さんが髪を切りにここに来たの」
「え……」
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