『オーバーキル』一軍男子に脅かされています
車の後部座席に乗り込んだ桃子が、車から降りて来た。
「っんだよ、もうバッテリー切れか?」
「……うん」
両親が目と鼻の先にいるというのに、桃子は珍しく俺に抱きついて来た。
車のルームミラーで見られてるかもしれない。
見られてないとしても、当然分かっているだろうけど。
暫く会えないと分かっているから。
俺は躊躇うことなく、桃子を抱き締め返した。
「髪切ったんだから、風邪引くなよ」
「……ん」
「宿題分かんないとこあったら、電話しろよ」
「……ん」
「なんもなくても電話していいんだかんな」
「……ん」
「帰る時間決まったら、連絡して。ドルチェのケーキ買っとくから」
「……甘やかしすぎだよ」
「お前が彼女らしいことしてくんねーから、俺がしてやってんだろ」
いつもみたいにそっと頭を撫でる。
だけど、ふんわりとしたお団子でも、編み込まれた髪でもなくて。
スッと指先が髪から零れる。
細くて柔らかい髪質だからか。
心なしか物足りなさを感じてしまった。
ゆっくりと持ち上がる黒々とした瞳に俺が映る。
「クリスマスデート、すごく楽しかったよ」
「……おぅ」
「このヘアピン、大事にするね」
「壊れたら、また作りに行けばいいじゃん」
「……そうだね」
ステンドグラスのヘアピンは、ちょっと繊細な感じがして、雑に扱ったら壊れてしまいそう。
「おじさんとおばさんが待ってるから、もう行け」
「……うん」
ぎゅっと抱きつく腕が緩まり、桃子の視線が両親がいる車へと向けられた。
「何日かの辛抱だろ」
「……うん」
桃子の頭をポンポンと優しく撫でた、次の瞬間。
コートの襟が掴まれ、グイっと引き寄せられた。
「バイバイ、匠刀」
目いっぱい背伸びをした桃子に唇を奪われた。