『オーバーキル』一軍男子に脅かされています

お座敷へと続く通路の脇に置かれた長椅子。

酔い覚まし用に置かれているのか。
少し場の空気から解放されるにはうってつけだ。

長椅子に腰掛け、ポケットからスマホを取り出す。

心が弱っている時に開くアルバム。
そこには、もとちゃんと匠刀との想い出がいっぱい詰まっている。

実家を出る際に、スマホを新しくした桃子。
古いスマホは母親に手渡し、事前に買って貰ったスマホにデータを移行しておいたのだ。

一日たりとも忘れたことがない親友と最愛の人。
自分から切り捨てたみたいにしてしまったから、桃子から連絡をしたことは一度もない。

ただひたすら、想い出に浸るだけのファイル。
写真や動画、過去のメールをスクショしたものが大量に収められている。


何でこんなにも不器用なんだろう。

新しい自分を切り拓くなら、別にわざわざ遠くの学校に行かなくてもできることなのに。
あえてそれを選んだ自分が、逃げているようで。

悩みあぐねて決めたはずなのに。
時々弱い自分がこうして現れる。

その度に、二人との想い出に支えられて来た。

「……会いたいよ」

一度漏れ出してしまった感情は、決壊したダムのようで。
思うように堰き止めることができない。

6年間、ずっと堪えて来たのに。
一瞬の気の緩みが、桃子の心を侵食してゆく。

スマホを握りしめて、静かに瞼を閉じた。
今にも涙が溢れそうで。

ガヤガヤと賑やかな声に埋もれるように身を委ねていた、その時。

「と……ぅこ?」

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