迷信でマツの木と結婚させられた悲運令嬢、何故か竜王様の嫁になる
すると、遠くの方からパシャリという水たまりが撥ねる音と、馬の駆ける足音が聞こえてきた。
反射的に顔を向けると、見慣れた外套を纏った騎士がこちらに向かってきている。
(外套の刺繍からしてうちの騎士で間違いないわ。嗚呼、お父様が助けを寄越してくださったのね)
愁眉を開くフィリーネは、大きなため息を吐く。
あの騎士が馬から下りて速やかに縄の拘束を解き、自分を助けてくれる。
フィリーネはそう信じて止まなかった。
次の言葉を聞くまでは……。
「フィリーネ・アバロンド侯爵令嬢、私は侯爵があなたを勘当したと伝えに参りました。侯爵家に仕えている身として、私にはあなたを助ける義理はありません」
「そ、そんなっ!!」
フィリーネは表情を強ばらせ、平静を失った。
(お父様は、私を切り捨てるの? 実の娘なのに?)
しかしすぐに次の答えが浮かぶ。父ならやりかねない、と――。
父であるアバロンド侯爵は、フィリーネにきちんと教育を受けさせてくれたが、父親として接してくれない人だった。
その理由は、フィリーネがこの世に生を受けた時に母が命を落としてしまったからだ。
彼にとってフィリーネは実の娘でも愛する妻を奪った相手で、どうしても後者の感情の方が強い。
だからなのか、いつだってフィリーネには厳格で少しのミスも許さなかった。
毛嫌いされているのを薄々感じ取っていたフィリーネは、いつかこんな日が来てもおかしくないと心のどこかで思っていた。
努力しなかった訳じゃない。
少しでも関係を改善させようとアバロンド侯爵の思い描く妃像に近づこうとした。