迷信でマツの木と結婚させられた悲運令嬢、何故か竜王様の嫁になる


 痛いしちゃんと感覚はある。身体も透けていないので死んではなさそうだ。
 フィリーネは生きていることに安堵の息を漏らした。改めて周囲を観察してみたら、身体には温かなブランケットが掛けられている。
 誰かがフィリーネを助け、ここまで運んで介抱してくれたのだろう。

 着ている服も純白のドレスからゆったりとしたワンピースに替わっているし、きつく締められていたコルセットも外されている。
(助けてくれた人にお礼を言わないと。あと、いくつか質問もしたいわ)
 どうやって自分は助かったのかや、どれくらい眠っていたのかなどの情報が欲しい。それから眼鏡が無事かどうかも。
(眼鏡がないと、景色がはっきり見えなくて困るわね)

 フィリーネは天井に向かって手を伸ばす。自分の腕の辺りはまだくっきりと見えているのに、先へ行けば行くほどぼやけていく。
 フィリーネに見えている世界は基本的に遠くのものがぼやけている。
 アーネストとの婚約が決まり、王太子妃教育を夜遅くまで頑張っていたせいか、視力は昔と比べてどんどん悪くなっていった。

 今では眼鏡がなければ遠くにいる人の顔の判断はできないし、黒板の文字も読めない。
 フィリーネにとって眼鏡なしの生活は死活問題。しかし、あの高さの崖から落ちたのだ。きっと無事ではなかったのだろう。命が助かっただけでも奇跡と思うしかない。

 そんなことを考えていたら、不意に近くで低い声がした。

「起きたのか。気分はどうだ?」
 ベッド脇には人がいて、背もたれつきの椅子に座っているようだった。声音からして二十代くらいの青年だと思う。
「あの、わた……」
 フィリーネはけほけほと咳き込んだ。喉が渇ききっていて思うように声が出ない。
 すると、青年が側の丸テーブルに置かれている水差しを手に取ってコップに水を注ぎ、差し出してくれた。
 フィリーネは起き上がってコップを受け取ると、一気に飲み干す。マツの木に括りつけられてから一度も何かを口にしていなかった。それもあってか普段と同じ水のはずなのに、たった今飲んだ水は十七年間生きてきた中で最も美味しく、甘露だった。


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