迷信でマツの木と結婚させられた悲運令嬢、何故か竜王様の嫁になる
もう一杯飲むか訊かれたが、フィリーネは首を横に振って断る。
「ありがとうございます。とても美味しかったです。えっと……」
彼の名前はなんと言うのだろう。名前を呼びたいのに分からない。
青年はそんなフィリーネを察し、空になったコップを受け取りながら自己紹介をする。
「私の名はシドリウス。気分はどうだ? 具合の悪いところは?」
シドリウスはフィリーネの容態を事細かに訊いてくる。もしかしたら大湖近くに住む町医者なのかもしれない。
フィリーネは意識を自分自身に向けてみる。
今のところ気分は悪くないし、具合の悪いところもない。
大丈夫だと口を開きかけると、それよりも先にシドリウスが気遣わしげな声を上げた。
「大変だ。手首に擦り傷がある。すぐに手当しないと」
シドリウスは椅子から立ち上がると奥の部屋へ消えていく。すぐに戻って来た彼の手には、小さな陶器の壺が握られていた。蓋を開けたら中には塗り薬が入っている。
シドリウスはそれを指で掬い、フィリーネの手首の傷口に塗り始める。
「痛っ」
ひんやりとした塗り薬が傷の上に載った瞬間、鋭い痛みを感じてフィリーネの頬が引き攣った。それに反応してシドリウスの動きがピタリと止まる。
視界がぼやけていても、シドリウスの困っている様子が伝わってくる。
たかが擦り傷程度で音を上げられたのだから無理もない。
フィリーネはグッと唇を噛みしめてから弁解する。
「ごめんなさい。痛みに驚いてしまっただけです。どうぞ、続けてください」
「……多少染みるとは思うが治療のためだ。少しの間我慢してくれ」
シドリウスはそう言うと黙々と手当を再開した。