迷信でマツの木と結婚させられた悲運令嬢、何故か竜王様の嫁になる
すると、イシュカが鼻であざ笑う。
「はんっ。そんなのは権力者のさじ加減でどうとでもなるただ創作物だ。お陰でご主人様には悪いイメージばかりついてまわっている」
イシュカは不満そうに頬を膨らませ、さらに続けた。
「ご主人様はな、人間側から数年に一度一人の乙女を捧げる代わりにこの大湖に留まって欲しいと頼まれたんだ。それなのに暗黒竜とかいう悪い話を広められて……あんな俗信、こっちはいい迷惑だ!」
確かにシドリウスが言い伝え通りの暗黒竜なら、目覚めてすぐに暴れ回っているだろうし、大湖に落ちたフィリーネを介抱せずにそのまま食べているだろう。
しかし実際のシドリウスはフィリーネを助け世話を焼いてくれた。怪我を見て心を痛めてくれた。
彼はずっと優しく、フィリーネが食材であるにもかかわらず、労ってくれた。
アーネストのような尊大な態度も、アバロンド侯爵のような冷徹な態度も取らなかった。
(歴史書が嘘だなんて信じられないし、シドリウス様が暗黒竜じゃないかも確信が持てない。だけどどの道、私は生け贄として彼に食べられる。でも、食べられるのが優しいシドリウス様で良かったのかもしれない)
フィリーネは一度目を閉じて一考する。
これまで努力してきた王妃教育はアーネストに婚約破棄をされ、すべてが無駄になった。アバロンド家からは勘当されて侯爵令嬢でもなくなった。
今のフィリーネには何もない。しかし、シドリウスは何も持たないフィリーネに生け贄という新たな価値を見いだしてくれた。
生け贄の儀から逃れられないのなら、シドリウスに美味しく食べてもらおう。
それが助けて世話を焼いてくれた彼に恩を返す唯一の方法だから。
(ただ死んでしまうよりも、誰かのために死ぬならその方がいいわ)
腹を括ったフィリーネは再び目を開けてシドリウスに言う。
「わたくしは、この身をシドリウス様に捧げます」