迷信でマツの木と結婚させられた悲運令嬢、何故か竜王様の嫁になる


 それにイシュカは物理的にも心理的にも距離の近いシドリウスとは違い、一定の節度を保って接してくれている。昨日の清拭が回避できたのには、イシュカが「ご主人様、流石にやりすぎです」と苦言を呈してくれたからでもあるのだ。
(イシュカはシドリウス様の従者だけど、彼が暴走したら助けてくれるかも?)

 イシュカがこちらの味方になってくれるなら随分と心強い。
 フィリーネが淡い期待を抱いていると、イシュカが窓のカーテンを開けてタッセルで留めながら溌剌とした声で言う。


「フィリーネはご主人様の大事な生け贄だからな。ストレスは肌の大敵だ。肌荒れを起こされたら困るし、今から一年後に備えてずっと綺麗でいてもらわないと」
「一年後に備えて綺麗に……あっ」
 イシュカの言葉を受けてフィリーネはハッとした。
(そうだわ。私は一年後、生け贄としてシドリウス様に食べられるんだった!)

 昨日は愛玩での意味合いが強かったので、生け贄としての本分をすっかり忘れてしまっていた。
 大事なことなのに忘れてしまうなんて、とフィリーネは自分を叱り飛ばす。
 それから、膝の上に載せている手をキュッと握り締めた。


(イシュカの言い分は一理あるわ。肌荒れは、食べる際の歯触りに影響するのかもしれないし。……私の本分は、シドリウス様に美味しく召し上がっていただくことだから、健康管理はしっかりしていかないと。その上で丸々と肥っていくの)

 フィリーネの目標は、一年という肥育期間の間にたくさんの肉を付けること。そしてシドリウスに美味しく食べてもらうことの二つである。
 必ずシドリウスには美味しく食べてもらう。そのためにはどんな努力も厭わない。

(そういえば、昨日は清拭が恥ずかしくて断ったけど、シドリウス様に召し上がってもらう時は服は脱がなくちゃいけないわね。布がかさばったら食べにくいから)

 肌を見せるのが恥ずかしいだなんて言ってられないかもしれない。
 改めてフィリーネが決意を固めていたら、カーテンを留め終えたイシュカが声を掛けてきた。

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