迷信でマツの木と結婚させられた悲運令嬢、何故か竜王様の嫁になる


 じっとしてと言われてからどれくらい時間が経っただろう。
 ほんの数秒だった気もするし、数分だった気もする。
 とにかく、瞼の裏がじんわりと温かくなってきたところでシドリウスがフィリーネから離れた。
「フィリーネ、目を開けて」
 シドリウスに促されてゆっくりと目を開くフィリーネ。
(あ、あれ……?)
 フィリーネはすぐに異変に気づいた。

 眼鏡を掛けていないのに、シドリウスの姿もその後ろで控えているイシュカの姿もはっきりと見える。それだけではない。窓の外で風に揺れている木々の枝葉も、遠くの空を舞う鳥もすべて鮮明に見えるのだ。

「眼鏡がないのに、どうして……」
 何が起きたのか分からず、とにかくフィリーネは圧倒される。
 世界の色や形を、肉眼で見たのはいつぶりだろう。
 普通に考えれば、失った視力は二度と回復しない。にもかかわらず、フィリーネの視力は回復し、眼鏡がなくても見えるようになっていた。
 目を白黒させていたら、シドリウスが種明かしをしてくれる。


「実は私の魔力の一部を変換してフィリーネの視力を回復させたんだ」
「えっ!?」
 フィリーネは目を丸くした。
 魔法や魔術には、自然を操る力と怪我や病を癒やす力があるのは知っていた。しかし、病を治すには相当な魔力が必要なので薬と併用するのが基本だ。
 また、フィリーネの視力は病によるものではなかったので手の施しようがないと言われていた。
 だから決して自分の視力はもとには戻らない。そう信じて疑わなかったのに。
(私のために魔力を消費して視力を回復させてくれるなんて……)
 いくら愛玩(ペット)とはいっても、ここまで尽くしてもらっていいのだろうか。
 シドリウスの生け贄でいずれ食べられてしまう運命なのに。

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