迷信でマツの木と結婚させられた悲運令嬢、何故か竜王様の嫁になる
「これから忙しくなる。一時的な譲渡に過ぎないのに、この国を自分の国だと勘違いしている者たちから取り返さなくてはいけないのだからな」
シドリウスは王都がある方角へ向かって目を細める。
人間は短命だ。だから世代交代するにつれて約束の意味をはき違えてしまうのかもしれない。
(暗黒竜か……考えたものだな)
シドリウスは口元に手を当てて考える素振りを見せた後、イシュカを見る。
「不死鳥の羽を燃やすときが来たようだ。おまえはオルクール城へ行き、どこに私が交わした契約書が保管されているか調べ欲しい」
「御意」
イシュカは胸に手を当てて短く返事をする。
「それと」
シドリウスは少し考える素振りを見せた後、イシュカに言う。
「この国の王族と名乗っている者たちを調べてくれ。特に王太子がどんな人間なのかを」
最後の方になるにつれて、シドリウスの声が一段と低くなる。
心得顔のイシュカはこっくりと頷いた。
「仰せのままに。王都にいる精霊たちはご主人様が帰還すると知ったら舞い上がるでしょうね」
イシュカは慇懃な礼をしてから部屋の隅の暗闇まで下がると、空気に溶け込むようにして消えていった。
薬を作り終えたのでシドリウスも休むために工房を出る。
外はひんやりとした空気が流れていた。今夜は月が明るく、灯りがなくとも周りを見渡せる。
シドリウスは空を仰ぎ、フィリーネがいる部屋を見つめる。寝てしまっているらしく、彼女の部屋に灯りはついていなかった。
「私が側にいる限り、絶対におまえを悲しませたりしない……」
ぽつりと呟いたシドリウスは屋敷の中に入っていった。