ラストオーダー
 彼の属する施設は、二十年前の世界的な大熱波を浴びた者たちの終生の居場所だ。そこに住むのは、今や彼一人となった。機能しているはずの他国施設との通信手段は、とうに潰えていて、与えられた使命を共に果たす仲間だけが、彼らの心の支えだった。どれだけ心細いだろう。学習によって体得されたものだと理解していても、届いた手紙を読んだときに感じた胸の痛みは、彼を思う度に蘇った。
 大熱波が訪れる前から、地球環境の変化は緩慢に進んでいた。来るべき日をあらかじめ察知した人類が唯一見つけた存続の活路、肉体を捨ててヴァーチャル空間での精神の存続を選択したのは、度重なる強烈な熱波の最中(さなか)だった。環境の変化に耐えられない者、民間人から優先的に招待されて、人類の移住は進んでいった。政府直属の先端技術研究員である彼や同じ使命を持ったものにその順番が回ってくるのは、自然と遅くなる。
 大熱波が彼らの施設を襲った時、彼の身体は、精神移転に耐えられなくなっていた。民間人をあの大熱波から救った救世主たちが、地球上に存在する最後の人類になってしまった。
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