ワケアリ(オカルトファンタジー)
我先に逃げようと、足腰の自由の利く人間が、弱者を押しのけて踏みつけて、逃げていく。
足腰の悪い老人や、身体の自由が利かない人間は倒れてしまってはすぐには起き上がれない。
パニックになっている人々はそんな人間には目もくれず彼らを踏みつけて、進んでいく。
死者の殆どは、そうやって内臓破裂を起こしたり、全身骨折をした老人たちや、煙による一酸化炭素中毒死、そして、飛び降りを図った人々だ。
凄惨な現場を思い出して、茜は思わず口元を覆った。
嗚咽と共に、胃の中のものが一緒くたに吐き出されそうで、口元を片手で覆った姿勢のまま硬直する。
実は耳に届いていたのだ。
踏みつけられる、弱者の潰れるような悲痛な叫びが。
看護士も気付いていたようだが、茜を負ぶっている所為で助けに行くことが出来なかった。なので茜を外へと逃がした後、すぐに戻っていったが、その頃にはもう、息を引き取っていたようだ。
見殺しにするしか、生き延びる術がなかったのかと問いかけられればすぐに答えられないが、『怪我をしていたから』を理由に、茜は自分の正当化を図る。
それに一番の被害者は自分だ。
足に怪我を負ってしまって、二度と消えない火傷の痕まで着いた。
両親は「可哀想に」、「無事でよかった」と泣いた。それに縋るように茜も、自分自身の不幸を泣いた。
テレビでは同じような中継映像が流れ、何度も死者の数と大まかな負傷者の数を読み上げている。
その数の一つに茜がいる。
その後、出火原因が茜のベッドであることがわかり、警察から生まれて二度目の事情聴取を受けたが、脚を大火傷している茜に自殺願望があったわけではないとわかると、すぐに釈放された。
結局誰が火をつけたのかわからず、マッチやライターなどの類も見られず、一緒の部屋にいた逃げ延びた人たちはいきなり火が燃え上がったと口を揃えて主張したという。
原因不明。
事件が有耶無耶になるのも、そう時間は掛からなかった。
そして茜は車椅子生活を余儀なくされた。
*