自国最強の騎士団長様は私が守ります。だって私、世界最強ですから!
*
「グランツ、そろそろ到着する頃なのでは無いか?」
「ああ、そうだな」
副団長のアロン・ゴルローに言われ書類から顔を上げた。
もうそんな時間だったか。
時刻は14時を過ぎたところだ。
15時には到着すると聞いていたからそろそろだろう。
我が花嫁となる生け贄がもうすぐやって来る。
可哀想に……。
グランツは大きく溜め息を付きながら、もう一度心の中で可哀想にと呟いた。
この婚姻は政略結婚だ。しかも王命によるもので、俺達に拒否権は無かった。陛下は南を守った俺と、北を守ったシモレンツ辺境伯の娘を結婚させたがった。俺の血を残したいと考えているようだ。
全く面倒なことだ。
グランツは戦争にて南方を守った英雄として、第一騎士団長を拝命され毎日忙しく働いている。そのおかげで結婚など全く考えていなかった。本来ならば26歳のグランツはとうに結婚している年齢なのだが、戦場から帰って来た俺の顔を見た婚約者が悲鳴を上げて逃げ出し、婚約は破棄となった。婚約破棄の原因は戦争時に出来てしまった顔にある大きな傷のせいだ。右の目元から口角にかけての大きな傷は令嬢方には刺激が強すぎたようだ。この傷は名誉の勲章と言えるものなのだが仕方が無い。悲鳴を上げて逃げ出した婚約者の父親から、婚約破棄の手紙が届いたのはそれからすぐのことだった。王国を守った英雄として褒め称えられても何も面白くない。大きな屋敷も、騎士団長といての任を受けても虚しさが残った。
時間になり玄関前で馬車の到着を待つ。するとまもなくして辺境伯の家紋の入った馬車が門から入って来た。
いよいよか……。
グランツは馬車が止まった事を確認してから大股で馬車の前まで行き、令嬢をエスコートするため馬車の扉が開かれるのを待った。御者によって馬車の扉が開かれると、回りを確認しながら藍色の髪のメイドが一人出てきた。グランツがメイドに手を差し出すと、メイドは左右に首を振り何も言わずに馬車から降りた。その後を追うようにして一人の少女が馬車から降りようとしていた。俺が令嬢の前に手を差し出すと、白く小さな手が俺の手の上にそっと乗せられた。
何故かそれだけで胸が高鳴った。
拒絶はされていないようだ。
そっと手を引くと、令嬢が姿を現した。蜂蜜色の髪に、ペリドット色の瞳が大きく開かれる。
こちらを凝視したまま動かない令嬢にグランツは困惑した。
驚いている?
それとも怖がっている?
グランツの手の上に乗せられた小さな手が小刻みに震えている。
やはり怖がっているのか……。
それもそうか、このような大きな男……しかも顔に大きな傷まである俺に、好意を見せるはずが無い。
やはりな……。
「リリアーヌ・シモレンツ嬢、俺はグランツ・サライヤスです。長旅でお疲れでしょう。今日はゆっくりと休んで下さい」
それだけ言って、俺は令嬢をその場に残し執務室へと向かった。
また、悲鳴を上げられては面倒だ……。