モブ未満
ふともしかしてこれは、神様がくれたチャンスなのかもしれないと思った。
僕の高校生活、ここまで矢束さんと近づいたことはないし、多分今後もないだろう。
告白するなんて考えたこともなかったけど、今なんか僕の株があがってるし(そして多分これ以上あがらない)、告白するなら今しかないんじゃないか。
しかしいつもよりちょっぴり積極的になれたとはいえ告白となると相当の心の準備が必要で。
勝手に僕が期待して、勘違いかもしれない可能性も十分にあるし、むしろその可能性が高いし。
「そろそろ、いこっかな」
色々覚悟を決めようとしていた僕を尻目に、矢束さんはおもむろに立ち上がって、んーと伸びをした。
ヘタレだった僕は、タイミングを逃してしまった瞬間、当然告白の選択肢がなくなる。
「あ、はい」
僕も立ち上がって、ポケットティッシュをポケットに入れた。
人生最大のチャンスを逃してしまったかもしれない。とじわじわと後悔に苛まれながら、僕はドアに向かって歩いた。
「木下くん」
そう呼ばれて僕の制服のスソが引っ張られた。
顔を向けると、引き寄せられるように矢束さんが近づいて、ふわりとシャンプーの香りが僕の鼻腔をくすぐった。
その瞬間、頬にはなにか柔らかいものが、当たった。
ーーーー!?
思考回路がついていかなかった。
なんだ、いまなにをされた!?
びっくりして固まりながら矢束さんをみると、矢束さんは舌をだして、照れくさそうに笑った。
「ファーストキスだよ。私の」
そのまま矢束さんはひらりとスカートをはためかせて、教室のドアに手をかけた。
固まってる僕をふりかえって、唇に人差し指をあてる。
「賭けは木下くんの勝ちだね。でもみんなには、ナイショにしてね」
艶やかに微笑んで、そのまま廊下へ駆けていった。
あとにひとり残された僕は、キスされた頬をおさえて、またゆっくりと椅子に座った。
「え、これ現実?」
ぼそりとつぶやいたものの、頬から発する熱と感触が夢ではないと教えてくれているようだった。
現実だと何度も確認してから、僕はやっぱり最大のチャンスを逃したのだと思った。