モブ未満
階段をおりてすぐ横の空き教室にだれもいないことを確認して入る。
ふうと息をつくと一気に心臓が鳴り出して痛くなった。
めちゃくちゃ怖かった⋯!
殴りかかってこなくてよかった⋯!
「木下くん⋯⋯」
自分の心臓をおさえつけていると、矢束さんが小さく僕の名前を呼んだ。
その瞬間にハッと矢束さんをみて、彼女が小刻みに震えていることに気づく。
瞳はまだほんのり潤んでいた。
僕はまず、自分のことより矢束さんを心配すべきだろう⋯⋯!
「ありがとう⋯⋯」
僕の反省なんで当然気づきもせず、矢束さんはぼそりとそういった。
その瞬間にはらりと一粒、矢束さんの瞳から涙が落ちる。
ーーーー!!
これは僕が見てもいいものなのか⋯⋯!!
咄嗟に顔を背けて、ポケットを探る。
ハンカチなんてもっておらず、たまたま今朝もらったくしゃくしゃのポケットティッシュしかない。
「こ、これくしゃくしゃだけどよかったら⋯⋯」
差し出したポケットティッシュを、矢束さんはくすっと笑いながら受け取った。
「ありがとう⋯⋯」
一枚取りだして、目元に軽く当てる。
僕はそれを見ないように顔をうつむかせて、近くにあった椅子に腰掛けて、窓の外を見つめることにした。
矢束さんも僕なんかに見られたくないだろうと思いながら。
しばらくずっ、ずっと鼻のすする音が聞こえる。
まさか高校生活でこんなことが起こりえるなんてpart2だ。
矢束さんのストーリーでただのモブにすらなれなかった僕がここ数日に関していうと準主役くらいにはなれるかもしれない。