モブ未満
ぼんやりとそんなことを考えていると、さっきのくしゃくしゃのポケットティッシュが僕に差し出された。
「ティッシュありがとう」
「あ、いいえ。どういたしまして」
矢束さんの手に一度渡ったポケットティッシュはなぜだか少し輝いて見えた。
矢束さんは僕の隣の椅子に腰掛ける。
運動部なのに日に焼けてないんだなあと思わずその白い肌をみてしまった。
「今日は、晴れてよかったですね」
大丈夫?なんて、聞くのもはばかられて結局こんな言葉しかでてこない自分のコミュニケーション能力が憎い。
「なにそれ。今天気の話?」
矢束さんがクスリと笑ってくれたのでよしとする。
「木下くんが来てくれて助かった、本当にありがとう」
矢束さんが落ち着いたらしく、再度お礼を言われて、僕は思わず首を振った。
「いえ、なにもしてないので。間に合って良かったです」
「ああいうやつ、ほんとに嫌い」
嫌悪感を露わにして、唇を噛む矢束さん。
「木下くん、知ってる? なんか男子の間で私にキスできたらとか賭けしてるみたいな話」
顔を下に向きながら僕にそう問いかけてきた。
「⋯⋯はい、知ってます」
「最近やたら告白されるなって思ってた。裏ではそんなことしてるなんて、信じられないよね」
自嘲気味に矢束さんは笑って、少し悲しい顔をした。
「本気で好きな人なんて、誰もいなかったんだろうな」
気の利いた慰め言葉が何も浮かばなくて、こんな時、矢束さんの彼氏になる人だったらなんていうか考えてみる。
でも、やっぱり僕は僕にしかなれなくて、僕のつたない言葉しか伝えることが出来ないと思った。
「あ、あの、本気で好きな人は、いると思います」
今、君の目の前にある僕がそうです。
なんて意気地無しの僕にはいえなかったけど。
「矢束さんは、冷静でクールにみえるけど、お茶目で、可愛いとこもあると思うし⋯⋯」
「それって昨日のこといじってる?」
メイド服姿のことが思い当たったらしく、ちらりとうかがってくる。
「いや、そんなわけでは!決して!!」
慌てて取り繕うとあはは、と声を出して笑った。
「矢束さんのことちゃんと見てる人も、いると、思うのでっ」
「そうなのかな。ありがと」
僕なりのこの言葉で矢束さんが元気になったかはわからなかったけれど、矢束さんが少し元気になったようなので僕は安堵していた。