聖母のマリ子

妊娠、出産…転生

「三上さーん、ほら、かわいい女の子ですよ」

 助産師さんが、生まれたての赤ちゃんを、私の胸の上に乗せてくれた。

「かわいい‥‥‥‥」

 出産を終えたばかりだからだろうか。手に力が入らず、赤ちゃんを支えることができない。

「三上さん?どうしました?」

 私の様子がおかしいと察したのか、助産師さんが声をかけてくる。

「先生!三上さん、出血してます!」

 足下の方から看護師の声がして、分娩室が一気に慌ただしくなった。

「え?マリちゃん!?どうしたの!?」

 夫の雅樹(まさき)君が動揺している。

 まるでもやがかかったように視界が白くなり始め、胸に乗せられていた私の赤ちゃんは、いつの間にかいなくなっていた。

「駄目だ!開腹するぞ!麻酔の準備!」

「マリちゃん!マリちゃん!?」

「お父さん!落ち着いて!ここは私達にお任せ下さい!一旦外に‥‥」

 医師や看護師の声が遠くに聞こえる。

 最後の記憶は、分娩室の天井に設置されたライトが、眩し過ぎるなと思ったことだった。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

 あまりの眩しさに目をつぶった私は、そのまま意識を失ったのかもしれない。

 体が酷くだるくて、気分も悪い。

 ああ‥‥そうい言えば、産後に何かトラブルがあって手術をしたんだ。麻酔が効いているのか特に痛みは感じないが、ただひたすら眠い。

 でも赤ちゃんに会いたいな‥‥それに雅樹君や親も心配してるはず‥‥

 そう考えて、重い瞼を開いた。

 病室のベッドで寝ていると思ってたのに、天井があまりに高くて驚いた。

 ここは‥‥教会‥‥だろうか?

 立派なステンドグラスが視界に入ってそちらに顔を向けると、聖母っぽい大きな像が、まるで私を見下ろすかのように建っている。

 一体どういうことだろう‥‥

「聖母様、お待ちしておりました」

 逆側から声がして顔を向けると、長い髭のお爺さんがいた。ツルツルの頭が光を浴びて、天使の輪が見える。

 え?神様?もしかして、私、死んだの?嘘でしょ?まだ26歳だよ?かわいい赤ちゃんが生まれて、人生これからでしょ?え?本当に死んじゃったの?そんな馬鹿なことってある?いやいやいやいや、ないよ。そんなわけない。これは夢だ。絶対夢だ。だって凄く眠いし。とりあえず、もう一回寝ておこう。

 私はお爺さんを無視して目をつぶり、再び眠ることにした。

「え?聖母様?」

 呼びかけを無視されたお爺さんがあっけにとられたような声を出したが、そんなの知ったことではない。

 そもそも聖母様ってなんだ。私は三上マリ子だ!ただの人間だっつーの!
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