聖母のマリ子
 100人子供を産む想像をしてしまったせいで、私は肝心なことを失念していた。桃の属性を持つ者を増やすためには、私が子供を産まなければならないのだ。

 さすがに100人産めとは言われないだろうけど、ひとりでも多く産むことを望まれている気はしてる。

「子作りかー」

 その方法は元の世界と大差ないのだろう。神殿から一歩も出たことのない現状で恋愛結婚を望んでいたわけではないが、せめて相手の選択肢くらいは欲しかった。

「王太子殿下ってどんな人か知ってる?」

 少し前から始めた読み書きの勉強に集中できないでいると、ジュリアがお茶を用意してくれたので話をふってみた。

「直接お会いしたことはございませんが、大変見目麗しいお方だと聞いております。文武に優れ、真面目で実直。次期国王として申し分のないお人柄だと評価されているそうです」

 生理的に無理!ってことはなさそうだけど、ハードルが高過ぎるのも微妙だ。

「はぁー。優しい人だといいなー。仲良くなれるかなー」

 自分が政略結婚をすることになるなんて思ってもみなかったというのに、そんなささやかな私の願いはその後すぐに打ち砕かれることとなる。

「こちらが王太子のエドアルド・ジェルミ・モンテヴェルディ殿下であらせられます」

 この国の宰相を務めているというマラゾンマ卿が私に向けてひとりの男性を紹介する。

 その日、王宮で行われている王妃教育の合間に王太子とのお茶会がセッティングされた。遅れて登場した彼は明らかに不機嫌そうで、私との関係を深めようとする意志は微塵も感じられなかった。

 大司教に促され、王妃教育で散々練習させられた淑女の礼と共に挨拶をする。両膝がプルプルしていて練習不足は否めない。

「はじめておめにかかります。マリコ・ミカミと申します」

 あとは若いおふたりで‥‥と言わんばかりに大人達は距離をとってしまい、王宮内の庭園に用意されたお茶の席に私と王太子が取り残されることとなってしまった。

 王太子はこちらを見ようともせず、話しかけてくるでもない。心地よい風がそよぐ中、庭園の美しい花を眺めることに限界を感じた私は、そっと王太子に目を向けた。

 ウェーブのかかった少し長めの髪は白銀、透き通るようなアイスブルーの瞳、整った鼻筋に形のいい薄い唇、まるで陶器のように白い肌。

 背が高く落ち着いた雰囲気があるものの、まだ18歳になったばかりだという王太子は確かに若々しい。

 昔お兄ちゃんがやってたRPGに出てきそうな人だな。

 彼の見ための第一印象はそんな感じだった。
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