聖母のマリ子
 翌日の朝食後、大司教が部屋を訪れてきた。

 時間もないので早速本題を切り出す。

「王太子との結婚だけど、変更は可能?」

「‥‥どういう意味ですかな?」

「王太子は私との結婚を望んでないよね?」

「それはマリコ様の思い違いです。殿下もまだお若いので照れていらっしゃるのでしょう」

「大司教様、あれを照れだと誤魔化すのは少し無理があると思うよ?」

 見ためが子供なせいで多少語気を強くしたところで全く迫力が出なくて悲しいが、ここで引くわけにはいかない。

「はっきり言わせてもらうけど、あそこまで私を拒絶する相手とは子作りなんてできないよ。このまま強引に話を進めるなら、子供を作ることは断固として拒否します」

 さすがの大司教も、この発言には動揺を隠せないようだった。

「それとも、薬で眠らせて無理矢理にでも妊娠させる?そしたら私は食事を拒否するよ。その場合妊娠の継続は難しくなるし、出産にこぎ着けたところで母体がそれに耐え得るとは思えない。私がこの世界にきたのは出産の時に死んだせいだったこと、忘れちゃった?」

「マリコ様、どうかお怒りを鎮めては頂けませんか?私共は決してそのような恐ろしいことは考えておりません」

「いいえ。今回なんの説明もなく火急に話を進め、私の意思が尊重されることは皆無だった。このままだと私は心を病んでしまうと思う。だとしたら、体か心かの違いこそあれ結果は同じだった。違う?」

「‥‥マリコ様は何をお望みなのでしょうか?」

「愛し愛される関係とまでは言わないけど、せめて心を通わせお互いを思いやれる相手であることを望みます」

「‥‥殿下がマリコ様と心を通わせられるのならば、このままで問題ないという認識でよろしいですか?」

「それは構わないけど、何か事情があったとしてもあの様子だと王太子が態度を軟化させたところで心を通わせることができるとは到底思えない。相手を替える方が容易いと思うよ?」

「いえ、我々は殿下と結婚して頂くことを強く望んでおります。マリコ様の存在はモンテヴェルディ王国の存亡に関わるのです。確実にお守りするためにも王室に籍を置き、世継ぎを産むことでその地位を確固たるものにして頂きたいのです」

 私にはわからない何か大人の事情があるのだろう。少なくとも今の私には知る必要のないことだ。

「私はこの世界で生きると決め、与えられた聖母としての責務を全うするつもりでいる。あなた達が誠意を尽くしてくれる限り、全力でそれに報いたいとも思ってる。大司教様。私はあなたを信頼しても大丈夫なんだよね?」

「はい。誠心誠意務めさせて頂く所存にございます」

 とりあえず、しばらくは様子見だな。
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