聖母のマリ子
 今思えば、先にフロリアーナから聖母の話を聞いていたため、俺は自発的に情報を集めることを怠っていた。

「ジェラルド、聖母の情報を噂も含めて集められるだけ集めてきてもらえるか?それから、フロリアーナへの嫌がらせに関する真偽の調査もして欲しいんだが‥‥」

「調査に関しては少々お時間を頂きますが、情報は既に手元に用意してあるのですぐにお持ちします」

 聖母の情報は当たり前に用意されていた。王太子である俺が結婚相手のことを自ら調べもしなかったのは、やはり常軌を逸していたとしか思えない。

 ジェラルドから報告書を受け取って一通り目を通す。聖母が語った過去の話と内容が一致しており、結婚に関しては一貫して『お互いを思いやれる関係が築ける相手であること』のみを求めているようだった。

 報告書を信じるなら聖母は俺との結婚を望んでおらず、拒否したが大司教に却下されたというのはあながち嘘ではなさそうだ。ならば、聖母としての務めを果たすために子供を産むことに前向きであるというのも、恐らくは本心。

 元の世界にいた頃の影響で結婚にも子作りにも拒否感を持っており、出産に至ってはトラウマを抱えているというのも降臨時の状況から考えて辻褄が合う。

 ここに来てまだ数ヶ月しか経っておらず、最初の2ヶ月は体調を戻すことに費やしていたという。以前の生活を引きずってしまうのは当然のことだろう。

 心身にダメージを抱えた状況で、それでも聖母は与えられた役割と正面から向き合おうとしているというのか?

 実際目にした聖母は酷く小柄で、まだほんの子供のように見えた。体調が戻りきっていないせいか肉付きも悪く、それが目をより大きく見せて目力の強さを際立たせていた。

 酷い態度をとり続ける俺に怒ることなく、媚を売るでもない。子供のような見ためとはうらはらに、その様子は大人の対応そのものだったと思う。むしろ子供だったのは俺の方だ。

 俺は聖母を子供だと判断して侮った。フロリアーナの話を鵜呑みにし、聖母はわがままで意地が悪いという偏見を持った。そして気の強そうな見ための雰囲気がその偏見を後押しした。

 あの時、俺は聖母に何を言った?

 フロリアーナへの嫌がらせについては調査の結果を待つしかないが、少なくとも俺に非があることに間違いない。

 あれから聖母は王妃教育を断り、神殿の自室に籠っているという。

 今後どうなるかはわからないが、少なくとも俺は聖母に謝罪をしなくてはいけないと感じていた。
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