聖母のマリ子
 私、三上マリ子は、職場で付き合っていた雅樹君と25歳で結婚した。まだ若かったから正直結婚は考えてなかったけれど、いわゆる『授かり婚』というやつだった。

 妊娠がわかった時、毎回ちゃんと避妊をしていた雅樹君に浮気を疑れ、揉めに揉めた。

 実際浮気なんてしたことない私は途方に暮れてしまう。してないことを証明なんてしようがないのだから。

 中絶の二文字が頭に浮かんだが、既に妊娠中期に入っており、早々に選択肢から除外した。

 病院で赤ちゃんのエコー写真を見せてもらったり、心音を聞かせてもらったりするのだ。例え初期の段階で妊娠がわかっていても、多分中絶なんてできなかったと思う。

 やむを得ない事情で中絶を選択する人も少なからずいるとは思う。だけど、私の場合はそれにあてはまらないと思った。

 健康で、仕事もしていて、両親も健在。ただパートナーに恵まれなかっただけ。

 両親に結婚しないで出産することを報告した時も、当然揉めた。

 不倫を疑われ、行きずりの相手との関係を疑われ、暴行被害を疑われ‥‥それら全てを否定すれば、ならば相手を連れてこいと言われる。

 当然の反応だとは思うが、雅樹君が私の妊娠に納得できないのもわかる。私ですらなんで妊娠したのかわからないんだからしょうがない。

 誰にも祝福されない状況で私は心身ともに病んでいき、普通なら増えていくはずの体重がどんどん減って‥‥ある時仕事中に意識を失った。

 病院で医師に現状を説明したところ‥‥

「避妊していても稀に妊娠することはある。それを踏まえてもう一度彼氏と話し合ってみたらいい。それで納得しない相手なら、むしろいない方がいいと考えるのもありだと思うよ?」

と、ありがたいアドバイスをもらった。

 本当にその通りだなと思った。

 駆けつけてくれた両親にも正直に話すと、もしもの時は助けてあげられるから、安心して子供を産めばいいと言ってもらえた。

 その後、しばらく職場以外では顔を合わせていなかった雅樹君が、病院にやってきた。

「マリちゃん、疑ったりしてごめん。俺のせいでこんなに痩せちゃって、本当ごめん。あれからずっと考えてたんだけど、俺、やっぱりマリちゃんのことが大好きなんだ。だからマリちゃん、俺と結婚してくれませんか?」

 そう言って、彼は指輪を差し出した。

 妊娠してなくても彼と結婚したかはわからない。ただ彼は優しい人で、おなかにいる赤ちゃんの父親だということだけは間違いないのだ。

「雅樹君‥‥ごめんね‥‥ありがとう‥‥」

 こうして私は雅樹君と入籍した。そしてこの半年後に赤ちゃんが誕生し、そこで私の記憶は途切れることになる。
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