聖母のマリ子
 数日後、ジュリアからアドバイスをもらった私は、『許し』を意味するネモフィラの押し花を添えたお茶会の招待状を王太子に送った。

 神殿の中庭に用意されたお茶会の為の小さなテーブルに、王太子と向かい合わせで座る。最後のお茶会からひと月、思ってたより心が凪いでいることに安心した。

「改めてこれまでの非礼を謝らせて欲しい。本当に申し訳なかった」

 用意された紅茶に手を付けることもなく、王太子が頭を下げた。

 真面目で実直。以前ジュリアから聞いた王太子の人となりに、間違いはないのだろう。

 彼はその真面目さ故に婚約者のフロリアーナ嬢を大切に思い、悲しむ彼女を守ろうとした結果、私に無礼な態度を取ったのだ。

「顔を上げて下さい」

 そう声をかけると、王太子がこちらを伺うような視線を向けてきた。その表情は心なしか気まずさを滲ませており、彼が18歳の若者であることを私に思い出させた。

 ここが日本なら彼はまだ高校生。自由な恋愛を楽しんでいる年頃だ。多分この世界でも、立場が違えば恋愛は自由だったに違いない。

 理不尽に相手を押し付けられているのは私だけではなく、彼も同じなのだ。

「大司教様からフロリアーナ様が領地で療養されることになったと聞きました」

「ああ、フロリアーナの件でも私は謝罪しなければならなかったな‥‥」

「いえ、それはもう本当にいいんです。突然婚約が解消されたんですから、フロリアーナ様もある意味被害者だったんだと思っています」

「だが‥‥」

「それよりも、殿下はこの結婚をどう感じているんでしょうか?フロリアーナ様との仲は良好だったと聞いています。そう簡単に気持ちの整理がつくものではないですよね?」

「聖母殿にあんな態度を取っていた私が言えた義理ではないが、私はこの国の王太子でいずれ王となる人間だ。本来、個人的な感情で妃を選ぶべきではないと理解している‥‥」

「ですが、殿下はフロリアーナ様のことをとても大切にされていたんですよね?」

「フロリアーナが私にとって家族に近しい存在だったことは確かだ。だが今回フロリアーナがしたことは、恐らく聖母殿が考えているより罪が重い。王太子の私にすら詳細が知らされていなかった聖母殿の情報が、フロリアーナの安易な行動で広まったのだ。流石の私も庇おうとは思えないし、そもそも私に庇えるレベルを越えている‥‥」

 ん?私の情報を広めることが王太子でも庇えない程の罪になるってどういうこと?

 でも王太子も詳細を知らないみたいだし、探りようがない。やっぱり大司教に聞くしかないんだろうか‥‥?
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