聖母のマリ子

呪われた王国(三人称)

 聖母との面会を終えて執務室に戻った大司教は、部屋でひとり小さく息を吐いた。

 まだ子供と言える程小さく幼い容姿をしていても、聖母は大人で、しかも賢い。

 そんな聖母を、いつまで誤魔化し続けることができるのだろうか‥‥

 嘘はついていない‥‥だが、全てを話すこともできなかった。

 『桃の属性』

 それに纏わる伝承は禁忌とされ、だが忘れ去られることも許されず、神殿が代替えの儀式と共に細々と受け継いできた、知られざる歴史の一部。

 三千年を越える昔、モンテヴェルディ王国はある王族の血にまみれた争いの結果誕生した。

 大陸中央に点在する小国のひとつ、デボーノ国。その国の第6王子として生まれたのが、後のモンテヴェルディ王国初代国王となるグレゴリオであった。

 第6王子と言っても王位継承権は第3位。デボーノ国では最早お家芸と化した王位継承権争いによって、日常的に王子や姫の暗殺が企てられている結果である。

 王家の血を絶やさぬため、殺されるのを前提にひとりでも多くの子をもうけることは必須であり、王は手当たり次第にとばかりに側室を囲い、妾を作る。その者達が子をなせば第2第3の王妃となっていく。

 グレゴリオの母は平民で身分が低かった。下働きをしていた彼女が王の目にとまったのは偶然ではあったが、その飛び抜けた美しさが貴賤の垣根を越えたが故の必然だったともいえるだろう。

 王の手つきとなりハーレムに囲われ、着飾ることでより一層美しさが際立った彼女に王は執着を強めた。王の執着が強まれば強まる程、女達は嫉妬に狂って彼女に攻撃を加え、彼女の世話をするはずの者達も自分より身分の低い彼女を蔑み、貶めた。

 上も下も敵ばかりの中で唯一優しくしてくれる王も、彼女にとっては毒でしかない。王が自分に執着した分だけ後にそれ以上の地獄をみるのだから。

 だが、本当の地獄はその更に先にあった。

 若く健康であった彼女が王の子を孕むのにそう時間はかからず、彼女はハーレムから後宮に移ることになる。

 王妃とその子らが住まう後宮は魑魅魍魎の棲みかであり、嫉妬が渦巻くハーレムとは似て非なる場所。女の嫉妬と政治が深く絡み合い、王の寵愛以外に後ろ楯のなかったグレゴリオの母にとって、そこはまさに生き地獄であった。

 王の子を産み後宮に身を置く者は皆総じて身分が高い。その理由は、身分が低く後ろ楯が弱い者は無事に出産を乗り越えることができないからである。

 グレゴリオを腹に宿した母はハーレムを一歩出たその時から王位継承権争いに巻き込まれ命を狙われる日々を送るようになったのだ。
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