聖母のマリ子
 翌朝、グレゴリオは血まみれの状態で床に寝ているところを発見され大騒ぎになったが、首には傷ひとつ残っていなかった。

 同時刻、神殿に突如少女が現れて神官達を騒がせていた。その名はミア。王の伴侶となるため神が自分を降臨させたと語る少女に誰もが疑念を持ったが、他でもないグレゴリオ自身がそれを認めたため、ミアは王妃として城に迎え入れられることとなる。

 ミア‥‥それはかつてグレゴリオの母の名前であり、妹の名前でもあった。母と妹と同じ色を持ち、同じ面影を持ち、同じ名前を持つ少女。

 神は何故ミアを選んだのか‥‥グレゴリオに心を開かせるための采配か、己の娘を孕ませた父の罪を忘れさせないための罰なのか‥‥

 ミアが持つ桃の属性の威力は絶大で、グレゴリオの凝り固まった心を存分に癒した。だが呪いの威力もまた絶大で、グレゴリオの心を蝕み続ける。

 ミアがミアたる所以は、単にグレゴリオが他に心を許せる女を知らなかったが故だった。もしもグレゴリオが母と妹以外に心を許せる相手に出会っていたら、呪いはとけていただろう。

 グレゴリオはミアに癒され愛おしいと感じる度に父の亡霊に悩まされ続け、ミアを心から愛することができないでいた。

 このままでは世界が滅んでしまう‥‥それなのに、ミアを愛おしいと思えば思う程、母と妹に執着した父の顔が自分と重なり、吐き気を抑えることができないのだ。

 自分にもあの狂った男の血が流れている。母と妹の顔をしたミアを抱けば、自分はあの男と同じになってしまう。嫌だ、それだけは絶対に嫌だ‥‥

 結局呪いはミアの力を上回り、それに必死で抗い続け自我を失ったグレゴリオが脱け殻のようになってしまったことで、魂の浄化は失敗に終わった。

 グレゴリオとミアが愛し合うことで魂を浄化できれば呪いは数世代の内に薄まり消えるはずだった。それが不可能となった今、桃の魔力で呪いをおさえ、呪われた血を少しずつ浄化していくしか道はない。

 ここからモンテヴェルディ王国の呪いの歴史が始まった。

 呪われた血を繋ぐため、ミアは自我のないグレゴリオと無理矢理体を繋いで子をもうけた。

 子供達を大切に育てることで愛を育み、己を満たすことで桃の属性の種をまく。

 桃の属性は遺伝ではなくその属性を持つ者が真に愛されることで種がまかれ増えていく性質を持っているのだ。その愛が深ければ深い程浄化の力は強くなり、桃の属性を持つ者が増えれば呪いの力もより強くおさえ込める。

 だが親子の愛でまかれた種は元より本来の力を発揮せず、その力は徐々に薄れていき‥‥桃の属性はこの世界から消滅することとなる。
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