聖母のマリ子

戸惑い

 あれから私は王妃教育のため再び王宮に通うようになった。お茶会も再開され、王太子との関係も順調に進んでいる‥‥いや、順調過ぎる気がしている。

「聖母殿、そろそろ休憩の時間だと聞いて顔を見にきた。疲れているだろう?甘いものを持ってきたから一緒にお茶をしよう」

 王太子は私の手をとりバルコニーへと誘導した。王宮の侍女達は優秀で、あっという間にお茶の準備が整えられていく。

「聖母殿に食べて欲しくて評判の焼き菓子を取り寄せたんだ、ほら試してみて?」

 そう言って数種類の焼き菓子が並べられた皿の中からメレンゲクッキーを手に取った王太子が、それを私の口元に近づけた。

 和解後、はじめの内はテーブルを挟んで普通にお茶を飲み、会話を楽しんでいた。王太子は私のことを知ろうとしてくれているのか、いつも熱心に話を聞いてくれていた。

 いつからか用意される席がソファーへと変化して並んで座るようになり、回を重ねる毎にソファーのサイズが小さくなっていくような‥‥もしかして物理的に距離を詰められている‥‥?と感じるようになったのは最近のこと。

 そして突然の餌付けである‥‥これは回避しづらい。断り方がわからない。恐る恐る口を開けば、クッキーが口の中に入れられた。甘い。色んな意味で甘過ぎる。

 満足げに微笑む王太子を横目に紅茶を口にして甘さを喉の奥へと流し込んだ。

「どうだった?」

「お、美味しいです」

「そうか、ではもうひとつ‥‥」

「いえ!大丈夫!もう大丈夫です!」

 慌てふためく私にからかうような目線を送りつつ、手にしたクッキーを自分の口に運んだ王太子は、そのあまりの甘さに眉をしかめた。

「これは確かに、ひとつで十分な甘さだな」

 美しい所作で紅茶を飲んでるイケメン王子をチラ見しながら、私は内心で頭を抱えていた。

 何がどうなってるんだ!?

 確かに王太子との距離を縮めたいとは思っていたが、なんか思ってたのと違う。

 私は見ためは若くても26歳だ。多くはないがそれなりに恋愛を経験し、結婚も出産もしている。

 それなのに!こんな!8歳も年下の子に翻弄されるなんて!

 いや、多分年齢は関係ない。国民性か?日本人としか付き合ったことのない私は、このところの王太子のさりげない行動に動揺しまくっていた。

 手を引かれたり腰に手を回されたりは当たり前。甘い言葉と熱い視線で私は揺さぶられっぱなしだ。

「聖母殿との時間はあっという間に過ぎてしまうな‥‥次に会えるのが待ち遠しい」

 別れ際、私の指先にキスする王太子は童話に出てくる王子様そのもので、魂が口から飛び出しかけた。
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