聖母のマリ子
 神殿に戻って着替えを済ませると、気が抜けたのか疲れがどっと押し寄せる。私はソファーに身を預け、疲労の原因になっている王太子のことを考えていた。

「あれで18歳とか‥‥末恐ろしい‥‥」

「どうかされましたか?」

 私の呟きを拾ったジュリアがドレスの手入れをしていた手を休めて声を掛けてきた。

「そういえば、ジュリアは結婚してるの?」

「いえ、しておりません」

「そっか‥‥じゃあ、恋人がいたことは?」

「ありません」

 ジュリアは凄く美しい女性だ。赤毛にヘーゼルの瞳、透き通るような白い肌、背が高くスタイルもいい。愛想はなくきつい顔立ちではあるが目鼻立ちは整っており、話せば根は優しい人である。

「‥‥‥‥でも、もてるでしょ?」

「いえ、幼い頃より神殿におりましたので、そのような機会は一切ございません」

「え?もしかして神殿にいる人は恋愛禁止?」

 私の質問に、ジュリアが珍しく困惑の表情をみせた。

「‥‥‥‥禁止、というわけではありません。神殿に縛られることはないので、家の事情によりここを出て結婚する者もおります‥‥‥‥ですが、私が知る者はみな結婚も恋愛もしておりません」

「禁止じゃないのになんでしないの?」

「いえ、特に理由はございません。その機会がなかったとしか‥‥」

 男女比まではわからないが、神殿には結構人が多くいる。若い人もかなり見かけるし、恋愛禁止じゃないなら機会がないなんてことはなさそうなのに‥‥それとも神聖な場所ってことで暗黙の了解的な何かがあるんだろうか?

 王太子の猛攻がこの世界では一般的なものなのかを知りたくて質問したのだが、この様子だとジュリアに聞いても無駄だろう。これならいい出会いがないと嘆いていたブルーノに聞いた方が良さそうだ。

 これまで王太子のように直接的な愛情表現をする人には出会ったことがなかった。

 お互いなんとなくいいな~と感じて、なんとなくいい雰囲気になって‥‥『どうする?付き合う?』みたいな感じの始まり方をして、しばらくすると心が離れてお別れする。

 雅樹君も始まりはそんな感じ。真面目で優しい彼はどちらかといえば草食系でガツガツしたところがなく、彼が『好き』という言葉を発したのは、病室でのプロポーズの時だけだった。

 でも、私は彼を責めることはできない。何故なら、私は一度も彼に『好き』と言ったことがなかったから‥‥

 多分私は、雅樹君のことを愛していなかったんだと思う。
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