聖母のマリ子
 王太子とは政略結婚で、そこに愛はない。

 雅樹君との結婚も『子供ができたから』という理由があり、冷静になって振り返ってみればそこにも愛はなかった。

 私にとって結婚は、それ程大きな意味を持たないものなのかもしれない。今時離婚はそう珍しくもないし、家族の形は千差万別だ。

 前世で私が何より優先したのは、自分だけが守ることのできる『命』‥‥赤ちゃんだった。

 そして今優先すべきものはなんだろう?

 いまだに自分が聖母である実感はないし、そもそも私が持つという桃の属性がなんなのかもいまいちわかっていない。国の繁栄に関わるなんて抽象的な説明をされたところで理解できるわけがないのだ。

 でもこの世界には桃の属性が必要で、それを持つのが聖母である私しかいないのなら、それが私の優先すべきことなのだろう。

 とはいえ何をすればいいのかがわからず、あの若干胡散臭い大司教の言われるままに動くしかないのが現状である。

 属性の継承が遺伝によるものだと言われてしまえば、とにかく1人でも多く桃の属性を産むしかない‥‥やっぱり聖母の使命は『目指せ100人!』の出産マシーンと化すことなんだろうか‥‥?

「マリコ様!?大丈夫ですか!?」

 以前想像した恐ろしい仮説を思い出して思わず身震いすると、ジュリアが心配して駆け寄ってくる。

 そうだ‥‥王太子との結婚で一旦有耶無耶にしてしまったが、私の一番の仕事は子供を産むこと‥‥王太子のあからさまな愛情表現のことで悩んでいたはずが、現実逃避で頭の隅に追いやっていた問題をうっかり思い出してしまった。

 いや、まだ結婚してないんだし、このことについて考えるのはもう少しだけ先送りにしておこう。今度大司教に子作りのノルマがあるかをさりげなく聞いてみてもいいかもしれない。

 とりあえず、明日にでもブルーノにこの国の恋愛事情について聞いてみよう。王太子がどういうつもりであんな言動に至っているのか‥‥それは私にとってとても重要なことなのだ。

 夫婦となって子作りをするからには、体を繋げることが必須。前世の記憶があるからただそれだけで王太子にのめり込むことはないと思うが、あんな風に甘く優しくされると調子が狂ってしまう。

 私を深く傷つけた先輩の顔が脳裏を過る。

 もう、好きになんてならない‥‥

「大丈夫」

 自分のために発したその言葉を、心配そうに私の様子を伺うジュリアへと向けて安心させてやる。

「お疲れのようなので、今日は早くお休みになれるよう準備致しますね」

 そう言ってジュリアが部屋を出て行った。私はソファーに身を沈め、小さく息を吐くことで不安を胸の内に押し込めた。
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