聖母のマリ子
 そんな聖母は嫌だー!なんていくら思ったところで闇落ち王子は止まらない。

 不穏な言葉とはうらはらに王太子の指が優しく唇に触れてくる‥‥と思いきや、いきなり親指を口内に潜り込ませて強引に口を開かれ、そのまま貪るようなキスを受けた。

 これは‥‥イメージトレーニングだけではなし得まい‥‥こいつ、フロリアーナ嬢とは家族みたいなもんだとか言いながら、やることはちゃんとやってんな?

 そんなことを考えてしまう程、王太子のキスはうまかった。少なくとも嫌悪感はなく、むしろ気持ちいいまである。

 こんな風に無理矢理乱暴にされるのは嫌だけど、もうすぐ結婚するんだし、このままやられちゃうのは百歩譲って良しとしよう。日本なら婚前交渉は当たり前だし、なんの問題もない。

 抱き潰されるのもどうかと思うけど‥‥実際男の人の方がそんなにできるの?と思わなくもないし、私も10歳くらい若返ってるから、まあなんとかなるかもしれないよね。

 でもいくらなんでも監禁は‥‥うーん‥‥どうなんだろう?少し前まで神殿に監禁されてるみたいなもんだったしな‥‥たまにお庭を散歩させてもらえる程度なら、ありと言えばありか?

 心地よいキスに思考をとかされ、抵抗すべき理由をどんどん失っていく‥‥いっそこのまま堕ちてしまおうか‥‥

「はあ‥‥マリコ‥‥愛してる」

 激しいキスの合間に王太子が愛の言葉を漏らした。私を見つめる青い瞳は闇にのまれて暗いまま‥‥その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。彼が今私を抱いたとしても、あの透き通るような綺麗な青を取り戻すことはないのだろう。

 このままでいいわけがない。

 私がキスを受け入れ抵抗しないせいか、無心で愛撫を続ける王太子は油断しているようだった。ドレスが邪魔になったのか、それを脱がそうと彼が体を離した瞬間‥‥

 私は生まれてはじめて全力を出しきって人をグーで殴った。

「いい加減目を覚ませ!このヤンデレ闇落ち王子が!」

 きっと大して痛くはなかっただろう。だが王太子は、驚愕の表情のまま動かなくなった。

「‥‥い、痛~~~っ!」

 殴られた王太子より殴った私の拳の方が重症で、正気を取り戻した王太子が慌てて助けを呼びに行くこととなった。

 こうして私はギリギリのところで王太子の闇落ちを防ぐことに成功したのである。

 私は右手の指を数本骨折してしまったが、城に常駐している凄腕魔法医がすぐに治してくれた。魔法って本当に凄い。

 王太子は頬の治療を拒否していた。

 私のへなちょこパンチで負った痣は、彼が反省するのには丁度いい痛みなんだろう。
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